第8話
この行動、家を借りる、というもののもたらす結果に特に問題はなかった。元の時間に戻っても、隣の家は良輔の家として存続している。主軸に生きる良輔の家に少なからず影響があるだろうと懸念していたが、杞憂に終わった。
元々がそれほど新しい家でもなかった上に、家はかなり年季が入っており、埃もかぶっていたが、ひどく汚れているわけではなく、綺麗に整頓されていた。
仮住まいとして住む分には全く困らなかったし、色々と間取りも都合よくリフォームされていた。その途端、良輔は変に納得した。
「そりゃそうか。いろいろと住みやすくしたのは、俺だからな」
これはどちらかというと、必然だったのだろうか。加奈の為に、監視を行うカモフラージュの為に過去に用意したものが、結果、タイムマシンの拠点として今も役に立っている。時間だけではない何か繋がりを感じて、嬉しくなっている自分が不思議だった。
それからは隣人としても、加奈を見守り続けた。たまに見かけては加奈とその両親に挨拶をした。
加奈が4歳になった頃、良輔の元に駆け寄ってきて「となりのおじちゃん」と言ってくれた。加奈の成長と、将来の恋人としてどんな顔をすればいいのかわからなかったが、加奈に微笑み「なんだい?」と返すと、顔いっぱいの笑顔で「なんでもない」と元気に返すと走り去っていった。
それだけでも良輔は幸せだった。
そしてその間も良輔は黙々と跳躍を繰り返している。まだ、6000回にも満たない。加奈にとって4年、良輔のとっては1年ちょっとの時間。まだまだ先は長かった。
良輔はその間も不自然にならない程度に加奈の家と交流を重ねた。
近すぎず、遠すぎず。
小さい加奈とも、たまに遊んだり、短くない時間話すようにもなっていた。
加奈が6歳になった頃、加奈の母親の姿をあまり見かけなくなった。どうやら何かの病気になったらしく、父親と2人、病院に行ったり来たりの生活が始まっていた。
「ママ、病気なの」
いつもの夕方、一人遊びをしている加奈にこんにちは、と声をかけると、加奈は寂しそうに良輔に言ってきた。
「ママは、お病気と戦ってるのかな」
「・・・うん。頑張るからねってママが」
「そうかあ。じゃあ加奈ちゃんも、ママを応援してあげないと。加奈ちゃんが寂しい顔していると、元気出ないと思うな」
「加奈、ママ応援する」
「そうだな。悲しい顔をするより、ママには笑顔で会ってあげなさい」
「うん」
元気に走り去る加奈。しかし加奈の小学校の入学式には、加奈の母親は出られなかった。父親と2人で学校に向かう加奈のランドセルを背負う後ろ姿は、寂しそうだった。
しばらくもなく、加奈の父親はヘルパーを雇った。
加奈が学校から帰ってきている平日の夕方だけ頼んだようだったが、ヘルパーの費用はそれなりにかかる。そのせいか父親の帰りが少しずつ、遅くなっていった。
ある日、時間設定を間違えて午後18時に跳んだことがあった。ふと外に出てみると、小学校2年生になった加奈が1人で道路に立っていた。
「加奈ちゃん、どうしたんだい?」
良輔は努めて優しく、語りかけた。
「おじさん、おかえりなさい。綾子さん帰っちゃって。パパを待ってるの」
「パパ、最近遅いのかい?」
「うん。夜の8時より前ってあんまりない」
相当、父親は無理をされてるようだ。ただ男ひとり、家事と仕事の両立は難しいだろう。この頃はまた、父子家庭は母子家庭に比べ、あまり社会的にも理解が進んでいない。
「なら、ヘルパーさんが帰った後からパパが帰ってくるまで、寂しいだろうから・・・そうだな、夜の6時から8時までウチに遊びにきたらどうかな」
良輔はしゃがんで目線を加奈に合わせ、微笑む。
「・・・いいの?」
「もちろんだよ。おじさん、ずっと加奈ちゃんの家の横に住んでるし、パパの事もママの事も知ってる。それにおじさんずっとひとりだから、ご飯を一緒に食べてくれると嬉しいな」
「迷惑じゃないの?」
「子供は遠慮するものじゃないよ。ならパパに相談してみなさい。おじちゃんからもお願いしてみよう」
「うん、わかった」
少し嬉しそうにする加奈を見て、良輔は安心した。しかし2時間、いや3時間の滞在を維持できるよう、改造しなければならない。
「今日は危ないから家に入りなさい。9時頃、そちらにお邪魔して話すから」
そういって良輔は加奈を見送った。
「さて、どうしたらいいか」
元の時間に戻りながら、良輔はタイムマシンの中で考える。
はっきり言って、これは想定外中も想定外だ。計画では1日に8回前後、タイムトラベルをするつもりだったが、夜だけでもこれだけの時間がかかると、おそらく多くても6回、5回程度になると考えるべきだろう。
「3割前後の遅延。恐らくあの8月の日を迎えるのはあと5年は多く見積もるべきなんだろう」
体が持つだろうか。
正直1日8回の跳躍は体の負担が大きいものだった。これをあと10年続けるのは難しい。なら回数が減り、加奈に会えるのなら。いや、まだ精神的に強いうちにあの日を迎える方が成功率は上がるのではないだろうか。
そう考えつつも、良輔は頭の中で電力と時間制御の方法について検討を始めていた。
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