第7話

 1991年5月30日。

 この日は加奈が生まれた日。どこの病院で生まれたかはわからなかったが、良輔は研究室で殺人犯が犯行を実行しないことを確認すると、順番に良輔の存在で不確定要素を潰していく計画を開始した。

 当たり前だが31日の新聞に”おめでた欄”に加奈の姓である「畠山」の名前を見つけた。定期的に過去の時間を跳びながら加奈の生まれた病院を探すと、市の総合病院にいる事がわかった。30日に生まれた畠山姓は2つあったが、男女であったため探すことは難しくない。良輔は昼の跳躍の際に、新生児の加奈を見舞いに行く事にした。

 まだまだ小さい加奈は目を閉じたまま、大人しく眠りについていた。


「かわいいもんだ。これがあのたまに憎らしい加奈になるのか」


 良輔は機嫌の悪い時、怒った時、拗ねている時の加奈を思い出して微笑んだ。


「・・・それなのにどうして、あんな事になってしまうんだ」


 救急車で運ばれ、もう動かなくなった1番初めの加奈を思い出す。


「あれが運命だとは思わない。終わらせない。俺が助けてやる。加奈はもっと幸せになっていいはずなんだ」


 新生児室のガラス越しに拳を固めて眺め続けた。

 加奈はそれから1週間ほどして母親と一緒に退院し、あの加奈の家で生活を始めた。この時は両親が一緒に住んでいるようだった。

 遠巻きに良輔は眺めつつ、呟いた。


「加奈の両親・・・か」


 昔、加奈の両親の話題になった時に、今はお父さんしかいない、お母さんは小さい時に亡くなった、と聞いていた。加奈を1人育てるのに、父親は相当頑張ったようだ。加奈もかなり我慢するタイプなのは、そういう家庭の影響かもしれない。


 定期的に飛ぶ過去の時間の中で、加奈が大きく育っていくのを遠くから見守った。


 着ぐるみに巻かれている加奈。

 ベビーカーに乗せられている加奈。

 よちよちと歩き始めた加奈。


 良輔は自分が知らなかった加奈をドキュメンタリーのテレビを視聴する傍観者の様に眺め続ける。

 加奈が一歳とちょっとになる頃、少し面倒な事になってきた。その頃、子供に対する誘拐や事件が多発し、この地域では不審者に対する防犯意識が高まり始めていた。なるべく気をつけていたつもりだったが、たまにどこかから見られている感覚があったのだ。


「まあ、不審者と見られてもおかしくない、か」


 良輔は自分の無頓着な身なりと、ストーカーのような行動を顧みて苦笑する。


「逆に大胆にいってみるか。その方が怪しまれないだろう」


 良輔は丁度空き家だった隣の家を借りる事にした。確か過去の自分は高校までこの近辺に来る事はなかったはずで、将来加奈の行動範囲に過去の自分がいても、加奈の家まで来る事はないだろうと踏んだ。ならば既知の隣人として、加奈を観察する方が異変にも気がつきやすい。


「隣に越してきた大山遼太郎と言います。仕事の都合、単身赴任で来ておりまして、あまり家におりませんが引越しのご挨拶に、と」


 畠山夫婦が出迎えた。ここで良輔は大山遼太郎と名乗る事にした。


「ご丁寧にどうも。畠山と申します。今後もよろしくお願いします」

「すいません、いい物件がないか、最近この辺りをよくぶらついておりました、ご近所の方々にご迷惑をお掛けしていたのではと、心配しておりまして」


 その一言でやはりピンときたものがあったらしい。2人の表情に少ない変化が見て取れた。


「ああ、最近色々と物騒ですからね。また何かあったら遠慮せず、声をかけて下さい」


 加奈が死に、会社を辞めてから着ていなかったスーツを身につけ、加奈の両親の前に立つ。加奈の両親を初めて見たが、優しそうで穏やかな印象を持つ2人だった。

 これで不審者と思われないで済むだろうか。

 ただ、ある意味ストーカー行為をし続ける事に変わりはないんだがな、と良輔は苦笑いをする。


 しばらく良輔はサラリーマンの格好をし、隣人として生活するふりをした。タイムマシンを中に移動して暮らしてみると思いがけず予定が捗ったのだ。


「隣に加奈がいて、ここに来るたびに様子が見える。これは気持ちの面でも楽だな」


 カーテン越しに見える、庭で泥遊びをする加奈を見ながら。


「これはもう、ストーカー以外の何者でもないがな」


 良輔はそう言って苦笑いをしたのだった。


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