Q-5
――今朝は、そう。
夏休みが始まるにはおあつらえ向きな、暑くて、だけどよく通る風がその暑さを根こそぎかっさらっていくような、爽快な日和であった。
「……、……」
俺の見た昇降口の様子も同様だ。皆が一様に、来たる夏休みに堪え切れず、解放感を発露する。談笑が幾重にも響き、独りぼっちで登校していた俺的にも、今日ばかりは周りの喧しさが心地よく思えた。
ビバ、夏休み。ビバ青春。俺たちの夏は、今日の正午を持って始まる。当日消印、実質的に今日という一日はAM12:00から始まるのだ! ……当日消印は違うか。
みたいな感じで、俺も人知れず謎のプチパニックである。傍らに誰か人でもいれば、きっと俺も耐え切れずテンションぶち上げで声の一つも裏返らせたに違いない。だけれど悲しいかな傍らにいるのはどれもこれも他人であった。俺が「夏休みだね!」っつって話しかけたとして「そ、そうっすね……(汗)」となることは目に見えており、そんなわけなので俺は一人、胸中にて暴れるこの感情にどうにか蓋をし、ビークールに振舞っていた。
さて、
当然俺はそこ、昇降口にて、他の生徒と同様にまずは靴を脱ぐ。
靴を脱ぎ、それを取って、自分の下駄箱に向かう。一年と半年も続けたそのルーティンワークを、俺は半ば無意識じみた挙動で以って今朝も行った。
下駄箱を開けて、外履きを放り込んで、
そして内履きを……、
「…………、…………」
『先輩へ――』
「ひょっ!?」
声がしっかり裏返った。周囲の視線が、わざわざ談笑を一時停止してまでこちらへ向かう。俺はそれに、数え切れぬほどの会釈を返して走って逃げた。
「……、……」
先に確認しておけば、先ほども言った通り俺のハートは既に夏休みモードである。そんなわけでワックワクも半ば臨界点、昇降口より走って逃げて手近なトイレの個室逃げるまでに、そんなわけだから、俺の心は既に限界になっていた。
個室を施錠し、便座に座り、謎に流れてきた涙を軽く拭ってから俺は深呼吸を二つ、三つ。
丁寧にのり付けたされた便箋の封を、一欠けらたりと破ってなるものかと慎重に開いて、そして俺は、中を見聞する。
『先輩へ
(中略)
1-A、立花佳苗より』
「…………。」
ガッツポーズ。
ガッツポーズである腕つるんじゃねえかってくらい全力のガッツポーズだ。諸君、俺の夏は今始まった。サマータイムイズナウヒアー。夏の時間は、今ここに!
……と個室の中で暴れ狂う俺の手元から、
からっ、と乾いた音を立てて、何かが落ちた。
「……………………。」
見れば、それは何やらカード状の物体である。わけもわからずに俺は、トイレの床に落としてしまった(あとでちゃんと洗ったよ?)それを手に取り、確認してみる。
それは、
――『保険証』であった。
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