第2話
生徒会の女子メンバーは可愛いし、一緒にいるのは楽しい。しかし、明るいところばかりを見ていたら目が眩んでしまう。それと同じで、自分以外の生徒会メンバーをすぐ近くでずっと見続けるというのはどうにも疲れるものがあった。
「はぁああクタクタだぁ……」
家に帰ってくるなり、自室のベッドにダイブイン。
本棚や学習机、クローゼットなど最低限の家具。本棚のほとんどはマンガとライトノベルが占め、壁にはゲームのポスターが貼ってあったりとごく普通のオタク部屋だ。
僕はベッドの上で仰向けになり、取り出したスマホを顔の前に持ってくる。
画面ロックを素早く解除し、一秒の間も空けずにツインクラーのアプリを起動する。
漆星【きたくー(´-ω-`)】
すると一分と経たずに通知が来て、つい今しがたの投稿に対してコメントが寄せられていった。
【おつかー】【おかえりんこ】【おっつー!】
それぞれにありがとうのメッセージを返し終えると、面白い投稿を見つけては“いいね”したり、“リフレクト”ボタンを押してフォロワーに拡散したりしていく。
他にも、フォロワーと前回のアニメの感想を語り合ったり、新しく出たゲームをやっている人がいたら感想を聞いたりなど大忙しだ。
僕はアニメや漫画が好きな、いわゆるオタク趣味をもっている。しかし、学校では同じ趣味の友人を見つけることができなかった。それでも良かったと思っている。学校では田辺や小林と楽しくやれているからそれで十分だ。
けれどやはり、本当に好きなことについて話ができるこの時間が楽しくて仕方ない。
ふとそこで、タイムラインの動きが鈍くなる。フォローしているユーザーが夕飯を食べたり風呂に入ったりする時間になったのだろう。僕はスマホで時間を確認する。
午後六時四○分……まだ僕の夕食までは時間があるかな……。
僕はちょっと暇になり、久しぶりにもう一つのアカウントを覗いてみることにした。
アカウント切り替えボタンを押して、もう一つのアカウントにログインする。
それは中学生の頃から裏アカといっしょに使っていたアカウントで、本名を使いリアルの知り合い同士で繋がり合うための、いわゆるリアアカというものだ。
しかし、どうせ学校で会える友人たちとネットの中でまで絡むことはないと思い、ほとんど利用してこなかった。というか、リアルの友人たちに向けて何を投稿すればいいのか分からなかったのである。
「ちょっと田辺と小林のアカウント覗いてみるかな」
暇つぶしにどんなことを投稿しているのか見てみよう。そんな軽い気持ちだった。
ちょうどタイムラインに田辺の投稿があった。二人とも僕なんかとは比べ物にならないほどの“いいね”やメッセージを貰っている。
田辺【みゆきと付き合うことになりましたー! #篠洲高サッカー部】
「え、は……っ!?」
あまりに脈絡のない一文に、僕は脳の処理が追い付かず何度も読み返してしまった。
アカウントは確かに田辺のものだ。本文も読み間違いはない。
だけどみゆきとは一体誰なんだ。付き合うってどういうことなんだ。
投稿をさかのぼって見たところ、つまり田辺は部活のマネージャーである後輩との仲を深め、付き合うまでに至ったようである。
ショックを受けているところへ、タイムラインでもう一つ投稿が更新された。
小林【塾へ行く前に彼女と食べたパンケーキ】
「彼女と……パンケーキ……っ!?」
それは画像付き投稿だった。彼女と思われる相手の首から下の写真。制服姿で、二種類のパンケーキを前にピースをしている。
なんだこのキラキラした写真は!? 羨まし……じゃなくて小林に彼女がいたなんて! そういえば今日はいつもより早く帰った気がしたけど、このためだったんだ。
そもそも二人がこんなことになっていたなんて知らなかった。いや、二人の過去投稿を見る限りつい最近のことらしいから、会話に上らなかっただけだろう。
「それにしても、よかったなぁ二人とも。これで晴れてリア充の仲間入りかぁ」
僕は二人にそれぞれ『おめでとう』のメッセージを送った。
友人に彼女ができたのは妬ましいが、それと同時にやっぱり嬉しかった。どうか末永く幸せになってほしい。
「ん、待って……」
なに能天気に祝福しているんだ。喜んでなんていられないぞ。
いつも一緒につるんでいる仲間が二人ともリア充になった。つまり、学校での立ち位置が変化してしまうということだ。
二人がデートに行けば、自分一人だけが取り残される。これまで通り休みの日に遊ぶことも無くなってしまう。そうしたら完璧なぼっちだ。
そう思うと、急に何だか置いて行かれたような気分になってきた。行き場のない焦燥感にかられる。
どうしよう、どうしたらいいんだ。今すぐにでもリア充になる方法はないか。
試しに“リア充になるためには”で検索してみたが、ナンパをしてみるとか人脈を広げるとか、解法のない解答しか出てこない。それができたら苦労しないんだって。
スマホをベッドに放り出した。明日からの学校が急に憂鬱になってきたのである。
二人はもっと輝かしい存在になり、僕だけが一人。しかし、実際彼らはその分だけ頑張ってきたのだと思う。田辺はスポーツで、小林は勉強で、それぞれ努力してきたのだ。
僕はその間何をしていた。ずっとSNSの中に閉じこもっていただけじゃないのか。
そんな僕がリア充になる資格なんて……いや、待て。
「ぼ、僕だってっ!」
僕は彼らとは違いずっとSNSの中にいた。そこでみんなと仲良くなる方法を考え、人脈を広げてきたのだ。ならばSNSの中で彼女を探せば案外簡単に見つかるのではないか。そうすれば彼らと立ち位置がずれることはなくなるはず。そうとなればさっそく行動だ。
僕はスマホを手に取り、ある内容の投稿文を打つ。
「よし、こんなもんかな」
【彼女募集!! ネットでだけ恋人関係になってくれる子大募集! 返信はDMで!】
どこぞの出会い厨みたいな内容だが四の五の言っていられない。よし、さっそく投稿だ。
しかし、投稿する寸前、僕の指が止まった。
これで返信くるのかな……? そもそも返信してくれる子が現れなかったら、イタズラメッセージだけ来たら、もっとみじめな気持ちになるような気が……。
いやそうじゃない! もし恋人になってくれる子が現れちゃったらどうする? ネットの中だけとはいえ本当に恋人になるのか。そんな誰でもいいような恋愛でいいのか?
気が付くと僕は画面に映る『×』を連打していた。書き直しだ、書き直し。
別に、志願者が現れる自信がなかったわけじゃない。そういうことにしてほしい。
「よし、これでどうかな」
漆星【急募!! 彼女のふりをしてくれる人! リア友たちをぎゃふんと言わせたいので、SNSの中でだけ誰か僕と恋人のふりをしてください。もうほんとよろしくお願いします……!】
「わぁ、我ながら必死さがすごい……」
読み返してて悲しい気持ちになるくらいだ。しかし、このままこれからの学校生活を孤独に過ごさないためにも、なりふり構っていられない。
僕はいつもより力を込めて先の文面を投稿した。するとすぐに冷やかしのメッセージが投稿に付けられていく。今の今まで全く姿を見せていなかった人まで面白がって寄ってきたみたいだ。
よく絡んでいる人にだけ返信したところで、母親に夕食に呼ばれた。僕は一度スマホを学習机に置いて、夕食と風呂を済ませてくる。
そして再び部屋に戻ってくるとすぐさまスマホを開いた。
「うわぁ……」
なんともびっくり。ツインクラーの通知が二○件以上になっていた。
その全部が冷やかしのメッセージや拡散、“いいね”だった。
だがその中に別の通知を発見。一件だけDMが来ていたようだ。
見知った仲間の名前が並ぶ一番上に、覚えのない名前があった。
これもきっと冷やかしに違いない。そう思いながらも僕はDMを開いてみる。
アカネ《こんにちは! 投稿拝見しました!》
《なんだか面白そうですね。私で良ければ手伝わせてください》
画面から指を離して固まった。
これは、恋人のふりをしてくれるという解釈で間違いないのか。
いやそもそもアカネさんって誰だっただろうか。
DMとは、通常の投稿やメッセージとは違い、送った相手と自分にしか見えないメールのような機能である。そういった機能だけに、僕はFF関係(互いにフォローしあった人)しかダイレクトメッセージを送れないように設定していた。
だが、アカネさんの名前には全く覚えが無い。とりあえずアカウントを覗いてみよう。
僕はアカネさんのアイコンをタップし、彼女(彼?)のアカウントへと飛んだ。
ハート形の葉のようなアイコン。フォローもフォロワーも一○人程度。設定してある生年月日を見ると、登録してあったのは年だけだったものの同い年だと分かった。投稿はほぼないが、一年くらい前にアカウントを作った形跡がある。となると、発信ではなく他の人の投稿を見るためのアカウントだろう。
名前や言葉遣いからして女の子だと思うが、断定はできない。ネットの中にはちやほやされることが目的で女を演じるネカマというものが存在するからだ。
ここまできても、アカネさんをいつフォローしたのかさえ思い出せない。けれど僕にはこういうことは珍しいことではなかった。フォローもフォロワーも1000人以上いるせいで、あまり話さない相手はほとんど覚えていない。
「さて、と……どうしよう」
協力者を募っていたにもかかわらず、出たら出たで困ってしまった。
これがイタズラである可能性は捨てきれない。どうやってそれを確かめよう。
漆星 《まずはメッセージありがとうございます!》
《でも一つ質問させてください。どうして協力してくれるんですか?》
アカネ《一度こういうことしてみたかったんです。投稿を見たらなんかワクワクしちゃって(*^_^*)》
《あ、ひょっとしてイタズラと疑ってます?》
《大丈夫です! これはイタズラではないので!》
《といっても、信じてもらえないかもですが……うーん、どうしたら信じてもらえるんでしょう((+_+))》
字面からアカネさんとやらの焦って弁明する姿が想像でき、僕はくすりと笑ってしまった。まだほんのちょっとしかやり取りをしていないのに、どことなくアカネさんは悪い人ではない気がする。だからダメで元々という気持ちで信じてみようと思った。
漆星 《いえ! 信じますよ! えっと、よろしくお願いします!》
アカネ《あ、信じてくださるんですね! こちらこそよろしくお願いします!!(^^)!》
《でも、ぎゃふんって言わせるってことですが、具体的には何をするんですか?》
さっそく具体的な話をしてくるとは、どうやらアカネさんはノリノリのようだ。
さて、具体的に何をするかだが、ついさっきの田辺の投稿では報告をまずやっていたし、それでいいだろう。たぶん。
漆星 《まずはリアアカで報告かな。リアアカの方フォローしてもらってもいいですか?》
アカネ《わかりました!》
ここまできて僕は裏アカの“恋人のふりをしてくれる人を募集する”投稿を削除した。これ以上イタズラや冷やかしのメッセージが来るのが嫌だったし、何よりも下手にその投稿を残しておけば偽の恋人関係がどこかからバレてしまうかもと思ったのである。
それからアカネさんにリアアカをフォローしてもらったのを確認し、そのまま報告文を投稿する。
RYU【とうとう僕にも彼女ができました~! 相手はこの子です→ @アカネ】
けれども、何分経とうが日を跨ごうが、誰も何も反応をしてくれなかった。“いいね”の一つすらない。
久しぶりの投稿だったせいだろうか。それともみんなのタイムラインが賑やかすぎて見逃されてしまったのだろうか。なんにしても、こちらから確認をする術はない。
僕は不貞腐れるようにしてリアアカを閉じ、枕に顔を埋めると、いつの間にか眠りに落ちてしまったのだった。
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