第99話 バルトへ


 シンとドルロ、ヴィルトスと馬車、三人の妖精。

 そしてロビンとアヴィアナ。


 屋敷の前で出立の準備を進めている、すっかりと大所帯となったそんな一同を見て、ウィルが声を上げる。


「バルトまでであれば、何事も無くすぐにたどり着けるのだろうが……いざ魔王が出たとしても簡単に倒してしまいそうな面々となっているな」


 ほとんどが魔王討伐の経験者で、アヴィアナに至っては伝説として名が残る程の活躍をしている上に、嘘か本当か一人で魔王を討伐したこともあるそうで、馬車に積荷を積み込んでいたシンは苦笑しながら言葉を返す。


「街道を真っ直ぐに進むだけですから、そんな大事件には巻き込まれないはずですよ。

 せいぜい出会うのは行商人か旅人か……。

 そうやってバルトに行ったらお父さんとアーブスさんに挨拶をして、そして先生の新生活が落ち着いたらまた戻ってくるつもりです。

 戻ってきて……次に何処に行くかは、その時にまた改めて考えるつもりです」


「ああ……シン達が無事に帰ってくることを指折り数えながら待たせてもらうよ。

 そしてロビン! 仕官の件、返事は急がないから考えておいてくれたまえ!」


 シンの言葉に頷いてから馬車の手入れをしていたロビンに向かって大声を上げるウィル。


 それを受けてロビンは苦笑しながら、ひらひらと手を振ってそれに応える。


 まさかロビンにまで仕官の誘いをかけていたとは……とシンが驚く中、それだけじゃないぞと笑って見せたウィルは、馬車の中で使用人が用意してくれたお茶をゆっくりと飲んでいたアヴィアナへと視線をやる。


 まさか先生にまで仕官の誘いを? と、シンが驚愕の表情を見せると、ウィルは更に笑ってその通りだと言わんばかりに力強く頷く。


 このパストラー領を少しでも良くしたいと考えているウィルの気持ちは分からないでもないが、いくらなんでも無謀ではないかと胸中で唸るシンだったが……そんな物怖じしない性格もウィルの良い所なのだろうと頷いて……何も言わずに荷物の積み込みを再開させる。


 当面の食料と、飲み水と、バルトで売りさばいてくれと頼まれたいくらかの商品と。


 それらを馬車の荷台に積み込んだなら……旅立ちの準備は完了となる。


「では、いってきます」


「ああ、この面々にそうするのもおかしな話だが、無事を祈っているぞ」


 シンの言葉に堂々と、屋敷を背負い胸を張りながらウィルが返してきて……シンはにっこりと微笑む。


 そうしてシンは御者台へ、ロビンは馬車の横へ、ドルロと妖精達は荷台へと乗り込んで……馬車の車輪がゆっくりと、石畳を踏みながら回り始める。


 目指すは商業街バルト。

 まっすぐに伸びる街道をただ進んでいくだけの、なんでもない短い旅路。


 しかしその先には、もう何年も会っていない……死んだと思っていた父親が待っているはずで、シンの心はいつになく弾み、興奮していた。


 早く早く父と祖父と会いたい。

 アヴィアナとも祖母と孫の会話がしてみたい。


 そのためにもまずはバルトに行く必要がある訳で、シンは手綱をしっかりと握り……それでもヴィルトスを焦らせることなくゆっくりと馬車を進めていく。


 街道の休憩所を見つけては馬車を止めて皆で一休みして。

 野営をして夜をやり過ごして。

 すれ違う人には挨拶をして、時には旅路を共にして。


 パストラー領の領民からすると、立派なマントを身につけて立派な馬車を自在に駆って、ゴーレムと獣人を同胞としているシンの姿は、シンが思っている以上に立派な姿に見えているようで、隣村まで行くのですがご一緒させてくださいと、魔物や盗賊が怖いので側にいさせてくださいと、そんな声をかけられながら、快く了承しながら……バルトへと馬車を進めていく。


 そうして来た時よりも順調に、馬車のおかげで快適な旅となった旅路が終わり……バルトが遠くに……視線の向こうにうっすらとその大きな姿を現す。


「お、おおおお……あれがバルトって街か。

 いや、ウィルの街もでっかい街だと思ってたが……あの街はなんかもう段違いだな」


 その光景を見るなりロビンがそんな声を上げて……そしてシンは一旦馬車を停車させる。


 ここから先は……シンのことを知っているだろう人々が居る場へは、バルトの領主のこともまって、今の姿のまま行くのは問題があるからと頷き、


「先生、お願いします」


 と、荷台の方へと声を上げる。


 すると荷台でゆったりと……魔法で作ったやわらかな草のクッションに埋もれていたアヴィアナが、適当にちょいちょいと杖を振るい、シンへとちょっとした魔法をかける。


 それは幻影の魔法、見るものの目をごまかす魔法。

 シンがシンではなく……更にいくらか年を取った大人に見える魔法。


 そうして立派な青年の姿となったシンは……自らの手を見つめ、脚を見つめて、ロビンの方へと顔を向けて「どうかな?」と問いかける。


「……お、おおお。

 シンの魔法も大したもんだと思ってたが、アヴィアナの魔法は全くの段違い―――」


 と、ロビンがそんな声を上げている途中で、馬車の中から「アヴィアナ様をお呼び!」との声が響いてきて、びくりと震え怯えたロビンは、こほんと咳払いしてから訂正した言葉を口にする。


「あ、アヴィアナ様の魔法は、だ、段違いでいらっさる、な。うん。

 全然違和感がないし、鼻や耳まで誤魔化されてるようだし……これを見破るってのは、簡単な話じゃぁないだろうな」


 そんなロビンの言葉を受けて、三人の妖精達がふよふよと飛んできて、


<わぁ、大人だ大人だ>

<かっこういい~>

<別人みたい~>


 なんてことを言ってきて、更に荷台から顔を出したドルロまでが「ミミミー!」と感嘆の声を上げてくる。


 それらの声を受けてなんだか気恥ずかしくなってしまったシンは、大人のように響いて聞こえる声でもってコホンと咳払いをし……そうしてから手綱を握り直し、ゆっくりと馬車をバルトの方へと進めていくのだった。

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