第98話 一つの落着
殴り殴られ、鷲掴みにし締め上げられ。
そうやって喧嘩を繰り返す父と祖父の姿に、シンが何も出来ずに慌てふためいていると、大きなため息を吐き出したアヴィアナが、椅子からゆっくりと立ち上がり……シンの側へとやってきて、水晶玉を取り上げてしまう。
「あ、あの、あの!?」
続きを見たい、と言うよりも二人の喧嘩を止めたいとの思いでシンがそんな声を上げる、アヴィアナは頭を振ってから言葉を返してくる。
「ここから出来ることなんてないし、仮に何かが出来るのだとしても、馬鹿共の喧嘩なんかに手出しするもんじゃないよ。
もしこの二人に……アンタにとっての父と祖父に仲良くして欲しいと思っているなら尚のこと、二人の好きにさせておやり。
お互い相手を殺しちまうような馬鹿じゃぁないだろうし……振り上げた拳を途中で止められなんかしたら、仲が良くなるどころかわだかまりが出来上がっちまって、ずるずると不仲が続くことになるだろうさ。
そうするよりかは好きにさせてやって、お互いが満足するまで殴り合わせてやったらそれで良い。
喧嘩は喧嘩で会話の一種というか……時には必要なものなのさ」
その言葉を受けてシンは、納得できたのか納得できていないのか、なんとも言えない表情をする。
その表情のまましばらく悩み……悩みに悩んでから、シンのすぐ側で自分達も喧嘩をする? と言わんばかりに拳を構えているドルロの方を見て、小さく吹き出し……胸にたまっていた息を思いっきり吐き出す。
色々な出来事が立て続けに起きて、衝撃の事実が一気に明らかになって、浮足立ってしまっていたシンは……そうやって落ち着きを取り戻してから、ベッドの上にゆっくりと腰を下ろす。
それに続く形でドルロもぴょんとベッドの上へと飛び上がってきて、その隣にそっと座って……ドルロと並んで座る形となったシンは、改めてアヴィアナへと視線をやる。
ある日森の中で出会った魔法の先生。
見ず知らずの自分を養い、優しくしてくれた人だと思っていたら実はお祖母さんで、同じく世話になったアーブスがお祖父さんで、お父さんが生きていて……そして母の形見であるドルロが側にいてくれて。
……あの屋敷を飛び出した時には、自分は一人っきりなのだとそう思い込み、深い悲しみと絶望に暮れていたのだけどもそれは間違いで……実の所は皆がシンのことを想ってくれていた、シンの側に居てくれていた。
それはとても恵まれた幸せなことなんだと改めて認識したシンは……アヴィアナへと感謝の視線をじぃっと送る。
きっとこの先生は感謝の言葉を受け取ってくれないのだろう、何かを贈るのも何かをしてあげるのも嫌がるのだろう。
それなら胸の中で静かに感謝し、家族としての絆を感じ……師に対する敬意をしっかりと抱いておくことにしようと、そう決めてシンはただただアヴィアナのことを見つめ続ける。
そしてその意図を汲み取ったらしいアヴィアナは「ふんっ」とその鷲鼻から大きな息を吐き出して……シンから視線を逸らし、声を上げる。
「で、アンタはこれからどうするんだい?
神殿に近寄らないってんなら旅を続けたって良い訳だし、あの馬鹿共の下に行っても良い訳だし……まぁ、アンタの父親は旅費のためにあの屋敷を手放しちまった訳だからね、元の生活に戻るって訳にはいかないが……親子の生活を取り戻すことだって出来るだろうね」
その言葉に対してシンは、視線を送り続けながら……言葉を返す。
「……旅を続けようかと思います。
旅をしてみて、世界を見て回って……色々な事を知りたいので。
ロビンという旅仲間も出来ましたし……皆で思う存分旅をしたなら、ここに戻ってきてウィル様の下で働きたいとも考えています。
もし、家族で暮らすのだとしたらその時に、先生も含めた皆で暮らしたいとも考えていますが……ここからバルトなら近いですし、会いにいける距離ですし、無理に一緒に暮らさなくてもまぁ良いのかなって思っています」
自分と父はここに住んで、アヴィアナとアーブスはバルトに住んで、暇を見つけては会いにいって。
出来ることならば皆一緒に暮らしたいものだが、父はともかくアヴィアナにもアーブスにも今日まで築き上げてきた生活があるのだから無理は言えないだろう……と、シンがそんな思いを込めて言葉を吐き出すと、アヴィアナは顔をそらしたまま何も言わずに静かに頷く。
それを了承のサインと受け取ってシンは柔らかに微笑む。
いつもの先生として、不器用な祖母として、アヴィアナがそこに居てくれることを感謝して……シンはすっくと立ち上がる。
シンの旅がいつまで続くのか何年後まで続くのかは分からない。
その間にアヴィアナもアーブスも寿命を迎えてしまうかもしれないが……きっと先生なら大丈夫だろう。
魔法でもなんでも使って変わらず元気なまま帰りを待ってくれているに違いない。
そう考えてシンは一歩前へと踏み出す。
「……次は何処に行くんだい?」
そんなシンにアヴィアナガそう声をかけると……シンは笑顔で言葉を返す。
「旅をするにしても何をするにしても、まずは父さんに会ってこないと……。
ずっとボクを探したままっていうのも可哀想ですし、アーブスさんとこれ以上喧嘩しないように釘も刺さないとですし……」
そんなシンの言葉を受けてアヴィアナはこくりと頷き、ゆっくりと立ち上がる。
「……なら、アタシも同行するとしようかね。
それでまぁ、バルトについたなら、何処かに家を買って……アンタがいつでも来られるようにしておくとするよ」
立ち上がり、小声でそう呟いてドアの方へと足を進めるアヴィアナに対してシンとドルロはなんとも嬉しそうに、
「はい!」
「ミミー!」
と、声を上げるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます