第95話 世界と神々
祝福は人を都合よく動かすための餌だった。
そんなアヴィアナの言葉に一同が沈黙してしまっていると……ようやく状況を整理し、飲み込めたのだろう、ずっと唖然としていたシンがようやく声を上げる。
「せ、先生がボクの、お、お、お、お祖母さんだったんですか!?」
完全にタイミングを逸したその一言を受けて、アヴィアナは手にしていた杖を振るい、シンの額をスコンと叩く。
修行時代でさえ手を上げることのなかったアヴィアナの突然の一撃に驚き、額を両手で抑えたシンが目を白黒とさせていると、アヴィアナがため息混じりの言葉を返す。
「気持ち悪い呼び方をしないで、今まで通り先生と呼びな。
いくら血がつながっていようと、今更だろうに」
今更何だと言うのか、何を言わんとしているのか、シンが言葉を返そうとすると、ドルロがシンの手をそっと握って制し、その目で動きで、手から伝わってくる躍動で思いを伝えてくる。
どうあれアヴィアナはシンの為に、孫の為にとここまでやってきてくれた。
そしてシンの祖母であることをここで告白してくれた。
今はそれでいいじゃないか、アヴィアナだってきっと照れてしまっているのだから、ゆっくりと話をしていけば良いじゃないか。
と、そんなドルロの想いを受け取ってシンはこくりと頷き、喉から出かかっていた言葉を飲み込んで……そうしてから全く別の、気になっていたことをアヴィアナへと問いかける。
「あの……先生。
先生はその、祝福が何なのか、魔王が何なのか……神様が何なのかを知っているんですか?
知っているならぜひとも教えて欲しいのですが……」
そう言われてアヴィアナは、先生と呼ばれたことで満足したのか、振り上げていた杖を静かに手元へと引き寄せ、トンと床に突き……そうしてから言葉を返す。
「何と言われても説明するのは難しいんだが……そうだね。
お前にも分かりやすいように話してやるとするならば、まずは神とは何なのかを教えてやる必要があるかね。
この世界は神々が作り出したと言われているが……それは正しくはない。
まず世界が『ここ』に存在していて……ただそこにあるだけの、穏やかに静かに魂が巡っているだけの何でもない世界に、最初にやってきたのが神々なのさ。
神々はここではないある世界で生まれた存在だった……ただその世界は神々にとって不完全な世界だった。
だから神々ここに神々にとっての完璧な世界……理想の世界を作り出そうとした。
元々の世界に存在しなかった力……魔力を作り出し、魔法を作り出し、巡る魂にそれらを付与することで、自分達が生まれた世界とは全く別の、より理想に近い世界にしようとした。
それを世界が受け入れて……神々の姿を模した精霊が産まれるようになり、その精霊の影響を受けることで『人』という存在が産まれるようになった」
アヴィアナがそう静かに語ると、ウィルとシンとドルロとロビンは静かに聞き入り……キハーノとチョウサはいつのまにやら用意したペンと紙でもってその言葉を正確に書き記していく。
「人が生まれ妖精が生まれ……魂が新たな巡り方をし始めて、何もかもが順調に行くと思われたんだが、そこで一つ神々が予想もしていなかった問題が起きてしまった。
それが魔物の誕生だ。
神々の世界には存在していなかった未知の存在、神々関与していないところで生まれ出た理に合わぬ存在。
一体どうしてそんな存在が産まれ出てしまったのかと言えば……その答えは魔力にある。
神々が元々暮らしていた世界は神々にとっては不完全であったが、均衡は取れていた、世界としては完成されていた。
そのことに気付きもせずに愚かな神々は、完璧な世界などという傲慢な夢を叶えるために、この世界に魔力という余計なものを付け足してしまった。
それによって崩れた均衡を正すもの、魔力が存在する以上は存在してしまうもの……それこそが魔物で、魔物が死んだり食い合ったりして集約されたのが魔王という訳さ。
魔物と魔王の誕生を受けて神々は慌ててそれらをなんとかしようと動いたが……そんな傲慢は世界が許さなかった。
神々が世界を作り変えることを世界は受け入れていた、何も起こることなくただ循環するだけの状況を打破すべく世界は神々の愚行を許容した。
そうして世界は新たな一歩を踏み出せたというのに、神々は傲慢にもその一歩を否定しようとしてしまったって訳さ」
その言葉に一同は様々な反応を見せる。
素直に信じるか、まさかそんなことがと疑うか、あるいはただただ驚くか。
そうして誰もが言葉を失う中、アヴィアナは淡々と言葉を続ける。
「そんな傲慢、世界が許すはずもない。
結果として八百万も存在したという神々の大部分が世界から追いやられ……数える程の連中が、神殿という連中にとっての聖域にしがみつく形で残存することになった。
それでも神々は魔物を、魔王をなんとかしようと動き……人々に力を与えると同時に、人々を魔王退治へと駆り立てる祝福という仕組みを作り出した。
その動きも見ようによっては傲慢な行いだと言えるはずなんだけどね……たかがその程度、世界にとっては排除するまでもないのか……それとも祝福という形式を世界が受け入れたのか、以来神々が世界から追いやられることは無かったそうだよ。
……ま、神々も神々なりに、自らを律する規則を作ったり、お互いを監視し合ったりして、そういう事態を防ごうとしているようだから、それが世界に認められたのかもね。
……一部の神は呆けちまって、過去のそういった歴史を、自分達の愚行を忘れちまっているようだが……それでも世界の中心にて座す最高位の神はそのことをよく覚えていて……アンタ達であっても、そこに行きさえすれば今アタシが話したのと大体同じようなことを聞くことが出来るはずさ」
世界の中心。
世界を支えているという世界樹の根ざす場所。
王都の最奥……王城が立つその場所に神が居るというまさかの一言を受けて、それが事実だとすると王族もまたそういった真実に触れているであろうことに思い立った一同は、驚きのあまりに何も言えず、ただ呆然とすることしか出来ないのだった。
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