第94話 ウィルとアヴィアナ


 ウィルの問いかけを受けてアヴィアナはなんとも面倒くさそうに表情を歪め「ふぅむ」と唸る。


 そうしてから顎を撫でてシンのことを見やってから……ウィルへと向き直り、言葉を返す。


「ま、そうだね……いちいち回りくどいことはしてられないからハッキリと、アンタが望んでいる答えを返してやるよ。

 アタシとアーブスの子がシンの母親で、シンはアタシの孫さ。

 ……で、それが一体全体、どうしたって言うんだい?」


 その答えを聞いてその場にいた誰もが驚愕する。


 ウィルは勿論、ロビンもキハーノもチョウサも心底から驚き……そして誰あろうシンとドルロがその口をぽかんと開けて、愕然とした表情を浮かべる。


 驚きのあまりにシンとドルロが言葉を失い声を失い、何も言えなくなってしまっているのを見て、ウィルが代わりにと、アヴィアナへと問いを投げかける。


「……何故、そのことを秘密にしていたのです?

 シンと一緒に暮らしていたなら、そのことを伝える機会は十分にあったはずなのでは?」


「別に聞かれもしなかったからね。

 それにもし教えていたなら、この子のことだ、甘えに甘えて……どうしようもない甘ったれのロクでなしになっていたに違いないよ」


「それはまた……随分と厳しいご意見ですね、シンならばそんな心配は必要ないと思いますが……。

 ……シン達を貴女の下から旅立たせたのも、そういった意図が関係していたのですか?」


「……この子は本当に才能がなかったからねぇ。

 やる気はあるんだけど才能はなくて、でもいつかは一人で生きていかなきゃいけなくて……ならまぁ、旅でもなんでもさせて、独り立ち出来るようにしてやるってのも、愛情ってもんだろう?」


「なる……ほど。

 ……もし、もし仮にシンがどうしても旅に出たくないと、貴女の下に残りたいと言っていたなら、貴女はどうしていたのですか?」


「別にどうもしやしないよ。

 そんな甘ったれだったなら、それなりの……相応の態度で接していただけさ。

 ……ま、ゴーレム核の材料くらい、このアタシなら簡単に揃えられるはずだと、このアタシならいくらでも作れるはずだと、そう気付いていたなら家に残してやってもよかったんだけどね。

 それをこの子は、そのことに気付きもしないでまったく……己の師を何だと思っているんだろうねぇ」


 と、そう言ってアヴィアナはその手をローブの袖の中へと潜り込ませ……ローブの中からいくつものを宝石を掴み出し、目の前の机にゴロンと投げ出す。


 一度ではなく、二度三度とそれを繰り返し、机の上にその宝石が山のように積み上がっていって……その宝石が何であるかを知っているシンとウィルとドルロは、それを見てただただ唖然としてしまう。


 ゴーレム核。


 シンとドルロの旅の目的の一つ。


 数え切れない程のそれがそこに山盛りとなっていて……シンとドルロはもう何がなんだか、訳も分からず、アヴィアナとその山のことを何度も何度も繰り返し見やる。


「なる……ほど。

 貴女程の高位の魔法使いであれば、このくらいのことは造作も無いと、そういうことですか。

 ……シンがその事に気付いていたなら、手元に置いてやっていたと……?」


 どうにか平静さを取り戻したウィルが、再びそう問いかけると、アヴィアナはニヤリと口元を歪ませながら言葉を返す。


「魔法使いってのは結局の所、想像力と発想力がものを言うからね。

 教えられたことをただそのまま、忠実に繰り返しているだけじゃぁ駄目なのさ。

 自分で気付いて自分で学んで、新たな世界と新たな魔法を自分の力で産み出す必要があるんだよ。

 ……だからまぁ、その為に必要な経験ってのをこの子にさせようと思ったって訳だよ」


「……では何故……何故貴女は今、シンの前に姿を見せたのですか?

 シンの旅はまだまだ道半ば……これからもっと成長したと思うのですが……?」


 とのウィルの問いに対し、アヴィアナは口元を引き締め、目をすっと細め……そうしてからいくらか低い声で言葉を返す。


「……連中の祝福は、少しならば良い弾みになる。

 特に才能に恵まれなかったこの子にとっては、人並みになる為の近道……ちょっとしたズルとも言える手っ取り早い方法だった。

 ……だけれども、それも過ぎれば毒となる。

 力に溺れ、連中の思想に汚染され……自由とは縁遠い血塗られた道を歩むことを強制されてしまう。

 この子にはこれ以上は必要ない……過ぎた力だからね。

 旅を続けるのも良いだろう、魔王のことに関わるのも良いだろう。だが……だがあの連中に、神などと崇められ調子に乗っている愚物共に、これ以上関わるなと警告をしにきたのさ」


 アヴィアナのその言葉を受けて、話を聞いていた面々はそれぞれの反応を見せる。


 信仰心に篤いキハーノとチョウサはとても不快そうな表情をし、身近に獣神という存在があり、その獣神の色々な姿を見てきたロビンは複雑そうな表情をし……シンとロビンは尚も唖然とし続け、そしてウィルは……この場で一人だけ納得したという表情となり、こくりと頷く。


「……俺も一つの祝福を得ましたが、確かにあれを複数……持て余す程の数を得たとなれば、毒になることもあるのでしょうね。

 ……そしてそれによって世界の見え方が変わるということもあるのでしょう。

 ……個人的にはシンならば、そういうことにはならないだろうと思いますが……」


 頷き、そう呟くウィルに対し、アヴィアナは「はんっ」と息を荒く吐き出し、そうしてから言葉を返す。


「世界に存在する連中の祝福をほぼ全て、残す所あと一柱という所まで受けたアタシが言うんだ、間違いないと思ってもらいたいもんだね。

 結局の所、連中にとって祝福とはアタシ達の眼前に垂らす餌なのさ。

 ロバの目の前にニンジンを垂らすことで何処までも走らせ酷使するように、餌をちらつかせて餌のために奔走させて、都合の良いように利用する。

 ……自分の孫にそんな目に遭って欲しくないと考えるのは普通のことだろう?」


 そんなアヴィアナの言葉を受けて一同は……それぞれに思う所があるのか、それぞれ悩むなり、憤るなり、考え込むなり様々な反応を見せて……そしてそんな中シンとドルロはあまりのことに付いていけず、突然突きつけられたまさかの真実を受け入れきれずに、ただただ唖然とし続けるのだった。

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