第93話 問いかけ


 大粒の涙を流しながらシンがアヴィアナに話しかけると、アヴィアナは厳しく表情を引き締めながら……その口元を僅かに緩めながら言葉を返す。


「なんだいなんだい、ほんの数ヶ月会ってなかったくらいで。

 成長度合いを見てやろうと使った魔法に惑わされず正しい姿を看破したのは見事だったが……内面の方は全く成長してないんだねぇ」


 その言葉を受けてシンもまったくその通りだと思うのだがそれでも涙は止まらずに流れ続け、その口からは堰を切ったように言葉が溢れ出す。


 今まで何があったのか、どんな旅をしてきたのか。

 旅の中で何を思ったのか、様々な出来事に対しどう感じてきたのか。


 そんな報告に対しアヴィアナは、静かに何も言わずに耳を傾け続けて……そしてそんなシン達のことを、遠慮してなのか少し離れた場所に移動し、静かに見守っていたロビンが声を上げる。


「あれがシンの先生か……。

 いや、しかし、なんていうか、あの感じは師弟ってよりも……やっぱり母親、いや、婆ちゃんって感じがしてならないんだが……」


 その言葉に対し、すぐ側で同じくシン達の事を見守っていたキハーノが言葉を返す。


「確かに、私の目から見てもあれは、孫を優しく見守る祖母の表情と言えるだろうな。

 ……気付いていないのは本人だけということなのか、傍から見ればその顔立ち、目の色、髪質もそっくりではないか。

 そもそも気難しき魔女が一体全体どうして、何処の子ともしれないシン君をその棲家に招き入れたのか、才能がないのに根気よく何年も世話をしてやって、秘術を伝授したのか。

 そして今、ああして会いに来ているのか……。

 ……深く考えずともその答えはおのずと出るというものだ」


 キハーノがそう言って頷き、ロビンもまた同調する形で頷き……キハーノの背後に控えていた従者チョウサが何か思う所があるのか、アヴィアナのことをじっと見つめて……そうしてから首を傾げる。


 そうやって屋敷の庭がなんとも賑やかになっていく中……シンの声を聞きつけたのか、屋敷の中からウィルが姿を見せ、シン達の下へとやってくる。


 そうしてシンとアヴィアナの姿を見て、すぐにその事情を……そこに立つ老婆が誰であるのかを察したウィルは、折り目正しく一礼をし、アヴィアナに格式張った挨拶をし始める。


 ウィルなりの敬意をたっぷりと込めたその挨拶に対しアヴィアナは……彼女にしては穏やかな態度で、


「アタシの名前はアヴィアナだよ、シンが世話になったね」


 と、そんな挨拶を返してしまう。


 無礼とも取れるそんなアヴィアナの態度に対し、ウィルは全く気にせず受け止めて嫌味の無い笑顔を返す。


 シンには色々と世話になった。

 そのシンの師匠であれば、ウィルにとっては間接的な恩人であるとも言える訳で……更にウィルはアヴィアナの表情から、シンに対する深い愛情を読み取っていて……シンの『家族』であるならば、多少の無礼を働いたとしても全く問題無いと、ウィルはそんなことを心中で呟く。


 するとそのタイミングで、キハーノの背後に控えていた従者であるチョウサが大きな声を張り上げる。


「……アヴィアナ!? 今アヴィアナと、そう名乗られましたか!?

 アヴィアナってあの……あの、あのアヴィアナ様ですか!?

 先程の若々しい姿、何処かで見た姿だと思っていたら、旦那様がよくお読みになられていた本『英傑目録』に描かれていたお姿そっくりじゃないですか!?

 北方開拓のきっかけ、北方に巣食っていた魔物をほぼ単独で殲滅した英傑の中でも最強だとされているあの……!?」


 悲鳴にも近いそんなチョウサの叫び声を受けて……シンもウィルもロビンもキハーノも驚愕の表情を浮かべてアヴィアナのことを見やる。


 そして周囲の視線すべてをその身に集めたアヴィアナは大きなため息を吐き出しながら……「やれやれ」と、そんな言葉を呟くのだった。



 

 シンと落ち着いた状態で話をしたいというアヴィアナの思惑と、落ち着いた状態でアヴィアナから話を聞きたいという一同の思惑が重なって、アヴィアナはパストラー家の賓客として歓迎されることになり……そうしてその場にいた一同は、屋敷の応接室へと足を向けた。


 鍛錬に出かけていたドルロとギヨームが帰ってきて……どうしてアヴィアナがここにいるのだと驚き喜ぶドルロの声が周囲一帯に響き渡るという騒動もありつつ、とにもかくにも応接室の、ソファなり椅子なりに腰を落ち着かせた面々は……応接室で一番大きなソファに堂々と、どかりと腰を下ろすアヴィアナへと視線を向ける。


「……なんだい、聞きたいことがあるなら聞いたら良いじゃないか」


 一同のそんな視線に対しアヴィアナがそう返すと……一同を代表する形で、シンが声をかける。


「あ、あの……先生が本に載る程のご活躍をされたというのは、本当なんですか?」


 その言葉を受け、態度を受けて……アヴィアナはなんとも言えない苦々しい表情を浮かべる。


「まったく、成長したのは良いことだが、そんな貴族みたいな態度何処で覚えたんだい。

 魔法使いにそんな礼儀、必要ないから忘れちまいな。

 ……そして活躍したかと問われれば、そうだねぇ……。

 アタシの魔法があれば魔物の100や200、杖の一振りで始末することは容易いが、そんな取るに足りないこと、いちいち覚えている程アタシも暇じゃないからね……本当かどうかと問われても、分からないってのが正直なところだね。

 本に載せて良いかなんて確認も当然されてないし……その本とやらも何処かの馬鹿が勝手に書いたものなんだろうさ」


 そう言ってアヴィアナが用意された茶に口をつけると、シンは「なるほど」と頷き、ドルロは「ミミミ!」と声を上げ……そうして、ウィルがゆっくりとその口を開く。


「なるほど、シンからも貴方がどういった人物であるのかはよく聞かされていますし、その言葉は真実なのでしょう。

 ……そして貴方がそれほどの人物であれば、そういった本が書かれていてもおかしくはないのでしょう。

 そちらについてはそれで良いとして……俺からも一つ、とても大事な質問があります。

 ……アヴィアナ殿、貴方にお子さんはいらっしゃるのですか?

 ……お孫さんはいらっしゃるのですか? ぜひとも正直にお答え頂きたく」


 ウィルの口から放たれたその問いかけを受けてアヴィアナは……ぎょろりとその目を動かし、ウィルのことをきつく睨みつけてから……答えを返すべくゆっくりと口を開くのだった。

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