第90話 邂逅


 ロビンがパストラー家の執事達による指導を受けることになって、その時間をシンは、シンなりの方法で有効活用することにした。


 ドルロの手入れをしてあげたり、ウィルと会話を交わしたり、ヴィルトスの世話をしてやったり、妖精達をあの黒き森に連れていってやったり、ゴーレム達の手入れをしたり。


 更にシンはウィルの為、巡行騎士団の為にいくらかの水薬を作ろうと考えていて……黒き森で薬草を妖精達に手伝って貰いながら採取したり、採取した薬草を乾燥させたり、バロニアの商店通りでハーブなどを買い集めたりして、水薬作りの準備を整えていた。


 以前でもここで作った水薬だったが、それはなんだかんだとあって全て使い切ってしまっていた。

 またあんなことがあった時の為に……ウィル達の為に、長持ちするようにしっかりと煮込み、腐敗除けのハーブを入れたものを作っておこうと考えて、シンは懸命に毎日を過ごしていた。


 そんな中でロビンもまた慣れない世界の中で、慣れない人間達に囲まれての、慣れない風習の勉強に、必死に全力で向き合っての毎日を過ごしていて……そしてそんなシンとロビンのことを、何処からかこっそりと観察し、ニヤニヤと微笑んでいる一つの影の姿があった。


 神殿に住まう神々の一柱、水の力を司る女神。


 人を愛しており優しくもあるが、気まぐれでもあり、気分屋でもあり……時折遊興の為にとそうやって覗き行為にふけっている困った高位存在。


 まさかこの地でまた獣人を見られるなんて。

 その獣人がまさかあんなことをしているだなんて。

 

 あの子は全く、私をどれだけ楽しませてくれるのだろうと、女神がそんな事を考えていると……女神の頭上、即ち神殿の屋根の上に何者かが降り立ち……降り立ったまま力を放ち、自分はここにいるぞと、その存在を露骨なまでにひけらかしてくる。


 一体どこの誰がそんなことを。


 自分は寛容な女神であるからして、神殿の屋根の上に立ったくらいのことで罰を与えたりはしないが、それでも窘めてやる必要があるだろうと考えて女神がその力を、ちょっとした悪寒と寒気という形で送り込むと……その力は屋根の上に居る何者かによって弾かれ、霧散してしまう。


 まさか!?


 手加減していたとはいえ女神の力だ、それをこうも簡単に弾いてしまうとは、一体何者だと驚愕し、大きな焦りを抱いた女神が意識を屋根の上へとやると……そこには一人の、黒いローブに身を包んだ老女の姿があった。


 その姿を見るなり女神は驚き、目を見開いて……そうしてから大きなため息を吐き出す。


「アヴィアナ……アナタですか。

 確かにアナタがであれば私の力を容易に弾くことも出来るのでしょうが……今更アナタがここに一体何の用なのですか」


 ため息の後にそう女神が声をかけると、アヴィアナは鋭く冷たい視線でもって女神を見やり、言葉を返してくる。


「どこかのアバズレ女が私の孫にちょっかいを出しているようだから、釘を差しに来てやったのさ。

 あの子はあんたらの玩具じゃぁないってことをね」


 孫、との言葉にまた目を見開くことになった女神は、どうにかこうにかその胸を跳ねさせていた驚きの感情を飲み込み、そうしてから言葉を返す。


「……彼がアナタの孫とは知りませんでした。

 そして彼が何者であれ……アナタの孫だろうがそうでなかろうが、私は人間を玩具扱いなど決してしません。

 人間も動物も妖精も、その全てが私達の愛し子、愛すべき我が子なのですから」


「はんっ、よくもまぁ言えたもんだね。

 アンタ達が不完全なせいで、不完全な世界を作っちまったせいで、その愛し子達が苦しむことになってるってのにさ。

 それを反省もせず懲りもせず、よりにもよってその愛し子達に尻拭いさせてるってんだからねぇ……。

 ……ま、それもここまでさ。

 これ以上あの子をアンタ達に関わらせやしないし、あの子にこれ以上の祝福は必要ない。

 ……アンタ達としちゃぁ全部の祝福を与えて、自分達のお仲間に引きずり込みたいんだろうが……そうはさせないよ」


「……アヴィアナ、以前も言いましたがそれはアナタの勘違いです。

 この世界に住まう全ての神々の祝福を受けたとしても人は人、それ以上の存在になるなどありえないことなのです。

 ……それは、残す所あと一柱、ほぼ全ての祝福を受けたアナタであれば、言われずとも分かることでしょう」


「祝福をここまで受けたからこそ、アンタ達の狙いに気づけた、あと一歩で踏みとどまれたとは思わないのかね、まったく……。

 まぁいいさ、どの道あの子にはこれ以上のことが出来る才能は無い。

 しっかりと研鑽を続けているようだけども……それでもあの子は英雄なんて柄じゃぁない、普通の……そこらにあるような、なんでも無い幸せを掴むべき子供なんだ。

 ……あの子の成長のことを思って旅立たせた、あの子の為になるかもしれないと一度目の魔王の時は手伝ってやった。

 ……だけれどもまさか、間を置くこと無く二度も魔王騒動に関わってしまうとはね……。

 その上あの森なんかに入ってしまって……自分で引き返してきてくれたから良かったものの、これ以上は怖くて怖くて放ってはおけないよ。

 あの子にはアタシの知る真実を話すつもりさ……これ以上アンタらなんかと関わり合いにならないようにね」


 目を細めながら、女神を睨みながら、時たま天を見つめていつかの思い出に思いを馳せながら、そう言ってくるアヴィアナに女神は言葉を返すことができない。


 あの子に祝福を勧めたのも、あの森に赴くように勧めたのも事実であり、そんな意図は無かったと、決してそんなつもりなど無かったと、そう言ったとしても目の前の老女が……かつての英雄アヴィアナが信じてくれるとはとても思えなかったからだ。


 そうして女神は黙り込んだまま……それでもアヴィアナから目をそらさずに、静かに見つめ続ける。


 その態度を受けてアヴィアナは……「はんっ」とそう言って、手にした杖を一振りし……神殿の屋根から姿を消すのだった。


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