第89話 久しぶりのお屋敷


「無事だったか! シン!」


 すっかりと馴染んだあの屋敷の前でウィルがそう言って出迎えてくれる。


「思っていたよりも随分早く、戻ってきちゃいました!」

「ミミ~~!」


 シンとドルロがそう返すと、ウィルは満面の笑みを浮かべながらシン達の下へとやってきて、シンの手を握り、ドルロの手を握り……そして落ち着かない表情でバロニアの町を見回しているロビンの両手をしっかり握る。


「我が領へようこそ、勇猛なる友人よ。このウィル・パストラーが領主としてこの度の来訪を歓迎しよう。

 ……と、儀礼的な挨拶を済ませた所で早速、屋敷の中に入るとしよう!

 こんな所で立ち話もなんだし……何より君達の話を早く聞きたいと私の内心が暴れてしようがないのでな!」


 と、そう言ってウィルは手を離し、ヴィルトスの世話や馬車の清掃、点検などをするようにと使用人達に指示を出し……シン達を誘導する形で屋敷の中へと入っていく。


 それを慣れた様子でシンとドルロと妖精達が追いかけていって……ロビンは困惑した様子で、全く慣れない様子で、初めて訪れる人の町の中にある人の屋敷へと足を踏み入れる。


 ロビンにとってそこは今まで夢にも見たこともないような、どこか別の世界なのかと思うような光景が広がる空間だった。


 屋敷の造りも内装も、そこに並ぶ家具さえもが全くの未知の存在で……森の中の暮らしでは想像することすら出来ない品々がこれでもかと並んでいて……貴族の家にしては比較的質素なウィルの屋敷も、ロビンにとっては精霊の住まう屋敷かと思うような空間となっていて……ロビンは言葉も忘れてぽかんと口を開けて、シンの後を何も考えずに、何となしに追いかける。


 そうやってシン達の後を追いかけて応接室へと入ると、ロビンはもう何も言えなくなってしまう。

 

 テーブル、椅子、棚。


 それらは森の中にもあった家具だったが……造りが全く違う、手間のかけ方が違う、美しさが違う。

 実用性のみを追求した森の中のそれとは全く別方向の進化をした家具達に見惚れたロビンは……シン達がソファへと腰掛けた流れで、何も考えずに腰掛けて……その柔らかさと深さに驚いて思わず跳ね上がり……そうしてから自分に周囲の視線が集まっていることに気付き、照れた様子で頭をガシガシと掻いて、改めてソファにゆっくりと腰を下ろす。


 その様子を見たシンが小さく笑って……手にしていた小瓶をそっとソファの前のテーブルの上に置くと……そこから妖精達が姿を見せて、応接室の中を飛び回り……そうやってシンの旅の仲間たちが一堂に会する。


「はっはっは、全く賑やかな顔ぶれになったものだな。

 ……それで、シン、何故戻って来たのかと問う前に、こちらの彼とどう出会ったのか、どうして仲間となったのか、その物語を聞かせてもらおうか」


 テーブルの向こうのソファに腰を下ろし、そんな光景をなんとも楽しそうに見やるウィルにそう促されて、こくりと頷いたシンはフィンにしたような、森の外に広まってしまっても問題無いだろう話を、ウィルに聞かせていく。


 シンが意図的に情報を伏せていることは、すぐに気付いていたウィルだったが、そのことを問うのは野暮だろうと考えて何も言わず……ただただ笑顔で話に聞き入る。


 メアリーとスーとの出会い。

 ロビンとの出会い。

 森での戦い。


 そうした話をしていく流れでどうして戻ってきたのかその理由を、アヴィアナと再会しようと思った理由を話したシンは……、


「そう考えてここまで戻ってきたのですけど……」


 と、そう言って口ごもる。


 その様子を見てロビンが首をかしげる中、ウィルは「なるほど」と呟いて口を開く。


「ここまで戻ってきたまでは良かったが、件の森まで……バルトのすぐ側まで行っても良いものかと不安なんだな?

 ……そもそもシンはバルトの領主から逃げてここまでやってきた訳だからな、それも当然の話だが……何、そこまで深刻になるような問題ではない。

 シンの師とやらは、バルトではなく森の中に住んでいるのだろう? ならばバルトを上手く避けて直接森に向かえば良い話だ。

 なぁに、仮に領主がシン達を見つけて何かをしようとしてきたとしても、バルトの中に入らなければ無茶は出来まいし……俺が授けたマントが良い魔除けとなることだろう。

 そのマントを見て尚も無体を働こうものなら、ことは王宮を巻き込んでの大事となる。

 ……流石のバルトの領主であってもそこまでは出来まい。

 そうそう、マントと言えばそちらのロビン殿にも我が家紋の入ったマントを用意しなければな」


 そう言ってウィルは手を振り上げての合図をし、使用人達にロビンの肩幅などを測らせ始める。


「は!? お、俺か?

 俺はマントなんて、そんなもの必要ねぇぞ!?」


 突然のことに驚愕したロビンがそう声を上げると、ウィルは笑いながら言葉を返してくる。


「確かにその美しい毛皮があれば必要ないのかもしれないが、我が家の家紋入りのマントというのは色々な面倒事を避けるには良い品なんだ。

 それを見れば領内の民達は君を客人として歓迎するようになるだろうし、領外においても様々な面倒事を跳ね除けてくれるだろう。

 仕立てに数日はかかってしまうだろうが……ロビン殿、貴殿も色々とこちらの常識やマナーについて勉強したほうが良いだろうし……これからの為だと思ってマントが出来上がるまでの何日か、我が屋敷に滞在すると良い」


 シンも散々世話になった使用人達によるマナー講座。

 それを覚えたならロビンも立派な、紳士と呼ばれる存在となることだろう。


 そう考えてシンが勝手に「よろしくお願いします」と声を上げると、ウィルは笑顔で頷いて支度を整えるようにと使用人達に指示を出し……そうしてロビンの返事を待たずに、数日間の滞在が決定事項となってしまうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る