第88話 久しぶり
街道を進み、実った穂を揺らす麦畑が見えてきて、シン達はそこで作業する人々の視線を一身に集めていた。
馬車の御者台に座るシンは自分に何かおかしいことがあって視線が集まっているのかと戸惑い、ヴィルトスの側を歩くロビンはそりゃぁ獣人が居れば見るだろうさと開き直っていたのだが……そんな二人の内心とは全く違った形で、人々の視線は主にシン達の馬車と、シンの羽織っているマントに向けられていた。
パストラー領主家が所有していた馬車に乗る、紋章入りのマントを羽織った少年。
領民達からしたら、それに注目するのはごくごく自然なことであり、領主様の使いが来たのかと、それとも領主様と懇意にしているお客人が来たのかとざわつき、挨拶をすべきかどうか心中で悩み……悩んだまま結論を出せないでいた。
今は日中、畑仕事の時間。
今のうちにやっておくべきことは大量にあり、領主様の気位からして仕事よりも挨拶を優先するというのは好まれないことであり……畑仕事に集中すべきだろうと視線を外す。
中には以前開かれた祭りの中でシンのことを見知った者達も何人かいて、そうした人々は「ああ、領主様のご友人が帰ってきたか」と頷き、領主様がお喜びになるのだろうなと微笑んでいた。
まさかそんな風に思われているとは気づきもしないままシン達が街道を進んでいると……畑の中を、大きな踏み鋤を構えて突き進み耕す、白光石のゴーレム達の姿が視界に飛び込んでくる。
ウィルの屋敷の地下で眠っていたゴーレム達。
あの戦いで共に魔王と立ち向かった彼らは、どうやら平時である今はそういった仕事を任されているようで、穏やかな魔力を放ちながらずんずんと働き、次々と硬い土を耕してはほぐしていく。
「お、おおお……畑の広さにも驚かされたもんだが、ゴーレムを使って土を拓いているって光景には更に驚かされるな。
真面目に働くあれだけのパワーのゴーレムがいれば、森の中にも良い畑が作れそうだし、効率も良さそうだし……やっぱり人間ってのは頭が良いんだな」
その光景を見やりながらロビンがそう呟いて、まるで自らのことを褒められたかのようにドルロが「ミミ~!」と嬉しそうな声を上げる。
実際の所はゴーレム核を用意したり魔力を込めたりと、いろいろな手間がかかってしまう為、決して効率が良いものとは言えないのだが……それでも一度作って起動してしまえば、ああいう使い方が出来るのがゴーレムの良さであり……シンもまた自らを褒められたような気分で微笑みながらうんうんと頷く。
……と、シン達がそうしていると、ゴーレム達の働きっぷりを見守っていたらしい騎乗の人、短い銀髪と質素な服装が特徴の、巡行騎士団長……フィンがシン達に気付いて、脚を引き締め馬に指示を伝えて街道に出て、近づいてきて……シン達の馬車に並走する形で声をかけてくる。
「シン君! よくぞ無事で!
こんなに早く再開できるとは、驚かされましたな!」
そう言ってくる懐かしい顔に、シンは笑顔で頷いてから言葉を返す。
「はい、自分でもこんなに早く帰ってくることになるとは思っていませんでした!」
「でしょうな。
いやいや、しかし元気そうで何よりです。
……してそちらの、風変わりなご友人は?」
そう言ってフィンがロビンへと視線を向けて、ロビンがどう反応したら良いのかと頭を掻く中、シンは簡単に……これまでの旅路のことを説明していく。
獣人の住む森へと足を踏み入れたこと。
そこでロビンと知り合ったこと。
ロビンと共に魔物達と戦ったこと。
魔物達と戦う中で思うことがあり、一度先生に会って話を聞きたくなったこと。
その為に道を引き返してきたこと。
森の位置や、獣神のことなど、獣人達にとって秘密にしておきたいだろう部分はしっかりと伏せつつ、ロビンが大事な友人であること、旅の仲間であることを説明し……フィンはそんなシンの言葉一つ一つに頷き感嘆し……そうしてから言葉を返す。
「……なるほど、そういうことでしたか。
私も獣人に関しては知識として知ってはいましたが、こうしてお目にかかるのは初めてのことです。
初めての邂逅がシン君の友人という、友好的なものであったことは私共にとって大変な僥倖であり……きっとウィル様もお喜びになられることでしょう。
……ロビン殿、ようこそパストラー領へ、我々は貴殿の来訪を歓迎いたします」
そう言ってフィンが馬上での儀礼的な礼を見せると、突然声をかけられたロビンは驚き慌てながら、フィンの真似をし、それらしい礼をして見せてから……「お、おう、よろしくな」と、どうにかこうにか言葉を返す。
するとフィンはにこりと微笑んで、身に纏っていたマントを翻し、シン達の前へと進み出て、堂々とした態度で馬を操り街道を進み始める。
その光景にロビンが首を傾げ「あいつは何をしているんだ……?」と呟くと、それにシンが言葉を返す。
「フィンさんがああやって案内をしてくれたなら、余計な手出し口出ししてくる連中もいなくなるっていうかー……。
獣人のことなんて全く知らなくて、話に聞いたこともなくて、魔物か何かと勘違いする人も、もしかしたらだけどいるかもしれないし……そうならないように気遣ってくれているんだよ」
その言葉を受けて目を丸くしたロビンは、自らの手を見て脚を見て……丸くしたままの目をシンの方へと向ける。
「俺って魔物っぽい?」
「ボクはそうは思わないけど……普通の熊しか知らない人が見たらビックリするっていうか、奇妙に思えてしまうだろうから……もしかしたら勘違いしちゃうかも?」
との言葉を受けてロビンは、改めて自分の手を見やり体を見やり……「えぇー……」と不満げな声を漏らすのだった。
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