第81話 森の外
やっと自分が主人公になれたんだ。
やっと自分が物語の中心になれたんだ。
そんなことを考えながら森の北へと駆けていくメアリー。
ある日突然、たまたまそこに居たからと力を授かって、魔物の王という規格外の存在を倒す事が出来て……皆に感謝されて、皆の中心となって、世界の中心となった……はずだった。
だというのに力を授けてくれたはずの獣神に力の使い方を否定されて、外からやってきた人間なんかにまでケチをつけられて、挙げ句の果てに森を枯らしかねないなんてことまで言われて……そうしてふと気付けば世界の中心が自分からその人間へと……人間を中心とした集団へと移ってしまっていた。
実際の所はシンにもロビンにもメアリーやスーに匹敵するような力も話題性も無く、森の住民たちの話題の中心もメアリーとスーのままであり……シンとロビンの名前が上がることはとても稀なことだった……のだが、自分達だけが注目される状況に慣れてしまっていたメアリーにとっては、その『稀』が何よりも我慢出来ず、いつしかシン達を憎々しく思うようになっていたのだ。
だからもう一度シンに会ってやろうと……会ってこの憎しみをぶつけてやろうと考えた訳だが……いざ実行に移してみても、シンはメアリーの敵意も憎しみも全く意に介さず、動揺することすらなく受け流してみせて……それがまたメアリーの心をざわつかせてしまっていた。
シンからしてみればその敵意も憎しみも、継母や義姉達のそれに比べたら大したことのない、言ってしまえば可愛いもので……そういった慣れと旅の中で成長した心の強さがあればこそ受け流すことが出来たのだが……細かい事情を知らないメアリーは、自分の物語に突然乱入してきた、恵まれた生まれのお坊ちゃんにそうされたと勝手に思い込んでしまっていて……どうしようもない程に心を乱してしまっていた。
ああ、まったく気に食わない。
何もかもが気に食わない、仲間であったはずのスーまでもがシンと仲良くしているのも気に食わないし……そもそもこんな不完全な力をよこした獣神も気に食わない。
獣神がリスクのない、完璧な力をよこしてくれていたのなら、こんなことにはならずに済んで、こんな思いをしなくてすんだはずなのに……。
『なぁ、メアリー……獣神様に力を返すってのはどうかな?』
一心不乱に駆けるメアリーの頭のなかに、相棒だったはずのスーの、そんな言葉が浮かんでくる。
何故そんなことを言ってしまうのか。
自分と同じ立場であるはずのスーが、一体どうしてそんなことを言ってしまうのか。
力を失ってしまったら自分は、また何者でもない何の力もない、ただの脇役に成り下がってしまうというのに。
そんなことを考えながらメアリーは、全力で真っ直ぐに北へ北へと駆けていって……木々の間を突き抜け、木々の間から飛び出し……森の外へと駆け出る。
森が終わり、岩の光景が広がり……その光景は緩やかに上っていく形で、大きな岩山を作り出している。
道も何もなく、ただ岩だけが転がっているその光景の向こうには、こちらへと向かってきている、20程度の魔物の姿があり……その魔物達のことを睨みながら、メアリーはぐっと力を込める。
そうやってあの力で……自分とスーだけが持つ特別な力を発揮しようとするが……妙な違和感がメアリーを襲い、力を発揮するどころか、全身のちからが抜けて膝をついてしまいそうになる。
「い、一体何が……」
そんな声を上げながらメアリーは、シン達が言っていたこの力に関する話を思い出す。
獣神から授かった力、森の力を吸い上げて発揮している力。
今までメアリーが力を使っていたのは森の中に限ったことであり……森から力が吸えない、この岩山では力を発揮するどころか、使おうとしただけで己の体力の多くを消耗してしまうらしい。
「お、おかしいじゃないか、そんなの。
さ、最初のあの時……あの魔王を倒した時も確かここらへんで力を使っていたのに……」
その時メアリーとスーは、北へと向かって森を駆ける中で、岩山にいる魔王達を発見するなり『森の中から』力を放っており、決して森の外で力を使っていた訳ではないのだが……自分の特別な力が、この森の中だけという狭い世界でしか使えないかもしれない、なんてことを信じたくない気持ちが強過ぎてメアリーは……そこで考えるのを止めてしまう。
森の中に逃げることもせず、力を正しく理解しようともせず……、
「……ちょ、ちょっと何かを間違えてしまっただけで、もう一度やれば、もう一度しっかりと間違うことなく力を使えば問題ないはずだ……そ、そうだ、そうに違いない……」
と、そんなことを呟きながら、迫ってくる魔物達を睨みながら手を突き出し、構えを取るメアリー。
そうやって正しい方法で力を使おうとする……が、その『正しい方法』が分からずにメアリーは混乱してしまう。
今までは神から授かった力をただ感覚的に、ただなんとなくで使っていただけ。
正しい知識もなく、どうしてそうなるのかの理屈を知らず、そもそもその力がどういった力であるかさえも理解しておらず……その上、失敗したならまた先程のように体力を消耗してしまうかもしれない。
一度目は何とかこらえることが出来たが、もし二度目がやってきたなら……既に多くの体力を消費してしまっている自分は死んでしまうかもしれない。
このままここにいても魔物に襲われて死ぬことだろう、多くの体力を失っている今逃げた所で逃げ切れないだろう。
力を使うしか無い、力を使って目の前の魔物を倒すしか道は無いのだが……死ぬかもしれないと思うと、力を使う勇気が沸いてこない。
「あ、あああ……ああ」
そんなメアリーに狙いを定めて、大きく口をあけて、その口の中にある牙を見せつけながら、こちらへと駆けてくる黒尽くめの獅子のなりそこないのような魔物達。
そうしてメアリーが死を覚悟し、深く絶望した時だった。
森の中から三つの影が飛び出してくる。
一つはロビンだった。
魔力で持って爪を大きく強化し、それを振るいながら先頭を駆けていく。
次に続くのはドルロだった。
ここまで駆けてきながら泥をかき集めて作った、シン二人分ほどの巨体でもって両手をグリグルと振り回しながら魔物達の方へと突っ込む
そして最後に飛び出してきたのがシンだった。
杖を振るい、ドルロの魔力を送りながらメアリーの側へと駆けてくる。
更に森の中から聞き慣れた、
「メアリ~~~、無事かーーい? 怪我してないかーい?」
とのスーの声が響き聞こえてきてメアリーは、脱力し涙を流しながらその場に座り込んでしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます