第82話 瘴気が


「ひとぉつ! ふたぁつ!!」


 ロビンからそんな声が上がる度に、魔物が切り裂かれていく。

 魔力で強化され、その大きさと鋭さを増した爪が、ロビンの強靭な肉体によって何度も何度も繰り返し振るわれていって……その速度、大きさ、鋭さを前に魔物達は為す術がない。


「ミミミー! ミミミミミィー!」


 洗練された動きのロビンとは真逆の、雑で単調な動きで次々と魔物を殴り倒していくドルロ。

 単調ながらも狙いは正確で、しっかりと相手の顔や体の中心をその拳が打ち抜いていて……更に魔物の反撃は、仮初の泥の身体がその全てを受け止める。

 仮に身体を壊されたとしてもすぐに再生し、泥の中の何処かにいる本体に攻撃が当たらなければダメージがないという厄介さに、魔物達はただただ怯んでしまう。


「ドルロ! やるようになったじゃないか!

 特訓をした甲斐があったなぁ!」


 ドルロに向けてそんな声をロビンが上げて……それを耳にしたシンはメアリーの下へと駆けよりながら「なるほど……」と呟く。


 シンが土人形を作り出している中、たまに二人で何処かに出かけていたが、アレは特訓の為の……剣や盾を使う騎士の戦いではなく、己の身体を使う獣人の戦い方を学ぶ為だったのか。


 友人がなんとも乱暴な戦い方をするようになってしまったのは困ったものだが、あんなに小さかったドルロが、今では魔物と互角に戦えるまでに成長してくれたのは嬉しいことだ……と、シンは感慨深さを込めた溜め息を吐く。


 そうしながらも杖をしっかりと構えてメアリーの前に立ち、いつでも魔法を使えるようにし……そうやってメアリーを守っていると、スーがようやく追いついてきて、座り込んだままのメアリーの肩に手をやり、声をかける。


「ま、間に合って良かった

 無事だったかい? 怪我はなかったかい? オイラ本当に心配で心配で……」


「……」


 本当に心配しているのだろうスーの言葉にメアリーは何も言葉を返さない。


 そんなメアリーのことを心配し、ちらりと後ろを振り返るシンだったが、確かに呼吸をしているし、目もしっかりと開かれ、目の前の光景を見つめている。


 どうやら怪我などもしていないようだし、問題は無いようだと意識を切り替え、前方の戦場へと目を向ける。


「ぬぅぅぅぅん!」


 ロビンがそんな声を上げながら向かい合っているのは、シン二人分はあろうかという大きさの、トカゲ頭の魔物だった。


 革鎧を身にまとい、鋭い爪を振りかざし……その口の中にいびつに生えた牙でもってロビンを噛み砕こうとしている。


 そんなトカゲ頭に対しロビンは、爪を細かく振るい、時には取っ組み合い……その鋭く、瘴気にまみれた攻撃を受けないようにと上手く立ち回っている。


 ……と、そこにドタドタとドルロは突っ込んでくる。


 魔力で身にまとった泥を操り、その粘土を操り……ドロドロになりながらトカゲ頭に体当りし、その身体を作り上げていた泥でもってトカゲ頭を覆ってしまう。


「ミミィ!」


 粘土を上げて、ベトベトした泥を作り出し、トカゲ頭の動きを封じ込んだ上で泥の中から飛び出してくる本体のドルロ。

 それをロビンがはしっと受け止めて、自分の背中に張り付かせて……そうしながら爪を振るい、泥によって身動きができなくなったトカゲ頭を切り裂いていく。


「やるじゃないか!

 とっさの連携にしては最高だ!」


 トカゲ頭を見事に倒し、ドルロに向けてそう声を上げたロビンは……最後の一体へと向き直る。


 最後の一体は先程のトカゲ頭を数段凶悪にしたような姿をした魔物だった。


 体はそれほど大きくないのだが、その爪は鋭く、牙は太く、トカゲ頭とは比べ物にならない大きな顎を構えている。


 その大きな顎を武器にされたら、かなり戦いづらいことだろうとシンが身を固くしていると……最後の一体が『グゥム』と唸り、膝をつく。


「な、なんだ? シン……お前が何か魔法を使ったのか?」


 まだ攻撃していないどころか、かなりの距離が離れている魔物のその行動に、ロビンがそんな言葉をかけてくるが……シンは首を左右に振って「何もしてません!」との言葉を返す。


<何もしてないよー>

<構えたただけー>

<アイツは集まってくる瘴気に耐えられないだけー>


 シンの言葉に続いていつの間にかシンの側へとやってきていた妖精達がそんな声を上げる。


「瘴気……? 瘴気が集まってるの?」


 シンが訝しがりながらそう返すと、妖精達はこくりと頷いて、その小さな指でもって魔物の方を指し示す。


<魔物の魂は大地に還れない時があるのー>

<還れないと瘴気の塊になることがあるのー>

<瘴気の塊は魔物のとこに集まって魔物を強くしようとするのー>


 と、妖精達が目の前で起きている現象を、妖精達なりに懸命に説明しようとして……その言葉を耳にするなりロビンは、兎に角目の前のアレを放置しておくのは拙いようだとの判断を下し、背に張り付いていたドルロをそっと下ろし……魔力の爪を鋭くしながら、


「させるかぁぁぁぁぁ!」


 と、咆哮し、凄まじい勢いでもって駆け出す。


 膝を突いてしまっていた魔物にその攻撃を回避することは出来なかった。

 毒を飲み込んだように苦しみ、今にもその体内にある何かを吐き出しそうな程に呻きながら悶えて……そこにロビンの爪が襲いかかる。


 魔力で煌めく爪が、一つ二つと輝く線を描いて……魔物の体を切り裂き、大きな傷を作り出す。


 普通の魔物が相手だったのなら、それで致命傷となったはずなのだが……集まってくる瘴気が何か影響を与えているのか魔物は絶命すること無く悶え、苦しみ……その傷口を黒い泥のような液体のような何かで覆い始める。


「これが瘴気か……!」


 そんな声を上げたロビンが更に二度三度と攻撃をしかけるが……それでも魔物は絶命することなく、その身体を大きく膨れ上がらせるのだった。

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