第79話 アヴィアナ
メアリーと再会し、言葉をかわしたシンは、翌日にでもメアリー再びがやってくるか、あるいは何か行動を起こすのではないかと考えていたが……翌日になっても、翌々日になってもそういうことはなく、集落にも何事もないまま平穏に時が過ぎていった。
ああいった悩みを抱えながら何の行動を起こさないメアリーのことを、シンは心底から心配していたが……シンはシンでやることがあり、それは他の誰にも出来ないことだった為、ロビンにそのことを相談するに留めて土人形作りに精を出していた。
そんな毎日の中でシンが楽しみにしていたのはロビンが用意してくれる食事だった。
森の恵を中心に、魚や鳥といった獲物を加えて、ハーブなどで味をつける。
アヴィアナの下で食していたものによく似たそれは、シンの体によく馴染む……溜まった疲れを綺麗に取り去ってくれるもので、シンにとっての好物と言って差し支えないものだった。
更にシンはアヴィアナの下で学んだ様々な料理法や、料理の知識をロビンへと伝授し……そうしてロビンは料理の腕を押し上げられ、一端の料理人といって差し支えのない程の腕を獲得するに至っていた。
そうして今日もロビンは、土人形作りをするシンの側で切り株に腰掛けながら、夕食のテーブルに並ぶ予定の大きな鳥の下ごしらえをしていた。
「なるほどな、捌いた鳥の腹にハーブや木の実を詰めてじんわりと蒸し焼くって訳だ。
その発想は無かったなぁ……鳥っていやぁ適当な大きさに切って塩を振って食うだけのもんだと……。
しかしあれだな、そのシンの先生とやら……そんだけ色々なことを知っているんなら魔王についても何か知っているのかもしれねぇな」
鳥の羽をむしりながらの何気ないロビンの一言を受けて……シンはハッとなる。
「……そう言えば先生はあの時、バルトの魔王と戦っていた時にボク達を助けてくれて……。
少なくともあの時、先生は魔王の姿を目にしている訳で……でも、それ以上は何も言ってこなくて……。
もし魔王が未知の存在だったなら先生はきっと……」
と、そう言ってシンは、アヴィアナがどんな人物であるかを思い返していく。
アヴィアナはシンの成長の為ならば厳しい人であったが、同時にとても暖かな優しい人でもあり……シンが危険なことをしないようにと厳しく叱り、シンが危険な場所へ近づかないようにと様々な知識を与えてくれる、そういう人だった。
シンを旅に送り出したことはシンの成長のために突き放したという理解が出来るが……では何故魔王という存在を目にしても尚もシンに旅を続けさせているのだろうか。
魔王がアヴィアナの知識を持ってしても未知の危険な存在であるならば、アヴィアナは相応の警告をするか、あるいはシンに旅を止めるようにと言ってくるはずだ。
だがそういったことは一切されておらず……。
「もしかして先生は魔王のことを知っていて、これから現れることも知っていて……知っていてあえてボクを旅に……?
ボクと魔王が出会うように、そして戦うように……で、でもあの時、助けてくれた時に確か先生は、危険からは逃げろってそう言っていたような……」
そんなことを言いながらシンが思いふけっていると、近くでその声を聞いていたロビンが声を上げる。
「それはあれだろ、照れ隠しってやつだろ。
旅に出ろって追い出した手前、わざわざ助けに来ましたなんて言えなくて、照れ隠しでそう言ったに違いない。
そしてシンの先生の目的は明白だな。お前に才能がないと知って、それならって祝福を得られるようにしてくれたんだろ。
祝福はその場にいれば良いだけの、才能とかには全く関係のないことだからな。
……ただそれをそのままシンに言っちまったら、シンの為にならねぇと、楽して力を手に入れるようなロクでもねぇ奴になるかもと考えて、半ば追い出すような形で何も言わずに旅に送り出したんだろうな」
ロビンの言葉を受けてシンは顔を上げて……ぐっと空を見て、木々の隙間から青い空をじっと見つめる。
アヴィアナはバルトに行くようにと、バルトで仕事を探すようにとシンにそう教えていた。
それがもしバルトに魔王が現れると知ってのことだったなら……ロビンの言う通り、シンに祝福を与えようとしてのことなのだろう。
そして実際にシンは祝福を得ることに成功し、ドルロと共に大きく成長することに成功した。
これが全てアヴィアナのおかげだったのなら……と、そうそう考えてシンは、ぐっと拳を握る。
「……この森の件が解決したら、一度先生の下に帰るのも良いかもしれない。
先生なら魔王のことも知っているはずだし……ちょっとは成長した今なら色々なことを教えてもらえるかもしれないし……」
「ミミミミー!」
アヴィアナの下に帰る、アヴィアナにまた会えると聞いてドルロは、その喜びを表現するために両手を激しく振り回す。
「この世界に何が起きているのか、魔王ってのは……神様ってのは何なのか。
俺もそいつは気になるからなぁ……この森の状況が落ち着いたなら、俺も一緒にその先生の下に行くってのも良いかもしれねぇな。
なんだかんだとあったおかげで、この森にはなんだか居辛いし、家族もいねぇし……外の世界で色々学んで、成長して帰ってくるってのも、悪くない……だろ?」
大きな手でその頭をばりばりと掻きながらそう言ってくるロビン。
その言葉は要するに、シンの旅に同行しても良いかと、許可を求めてきているもので……そのことを理解したシンとドルロは、それぞれの方法で喜びを表現しながらロビンの方を見やり、力強くこくりと頷くのだった。
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