第78話 メアリー
魔力をその爪に纏わせられるようになったロビンは、あの日以来魔力の鍛錬を欠かさず行うようになり……魔力がどんな存在なのか、魔力を器用に使いこなす魔法の知ったことにより、シンとの距離をぐっと縮めて気安い態度を取るようになっていた。
シンに感謝しているし、尊敬もしているし、暗い部分のないその性格を好んでもいる。
友人と言って差し支えのないロビンのそんな態度を、シンもドルロもすんなりと受け入れていて……そうして三人と妖精達は木こり小屋での日々を楽しく過ごしていた。
そうした日々の中でロビンは定期的に集落へと向かい、集落の人々がどうしているかもしっかりと確認をしていた。
誰かに任せきりの日々はもう終わった、これからは自分達も共に戦っていかなければならない。
そう知らされて、メアリーとスーから戦い方を学んで……戦えない者は戦えない者で物作りや日々の生活を豊かにしようと励み、そうやって集落は少しずつ変わり始めていた。
何もかもが順調で、着実に前に進んでいて……そんな集落の変化を見ることはロビンにとってのちょっとした楽しみになっていた。
そうして今日も今日とてロビンが集落へと向かう中、シンは木こり小屋に残って泥人形達を作り続けていて……それなりの数を作り終えたシンが、休憩しようと畑の側に置かれた丸太に腰掛けていると……森の木々の間から見慣れぬ人影が姿を見せる。
その人影を見るなりロビンが帰ってくるにしては早すぎると警戒心を顕にするシンだったが、それが羊頭の獣人、メアリーであると気付くと途端に警戒を解いて柔らかな声をかける。
「お久しぶりです、ロビンさんに何かご用ですか?」
メアリーとは初めて出会ったあの時以来、ほとんど顔を合わせていない。
スーとは何度か会っていて、何度か言葉をかわしていて、スーからメアリーの近況を聞いてはいたのだが、こうして顔を合わせるのは本当に久しぶりのことだった。
「今日はロビンじゃなくて、アンタに用があって来たんだよ。
ロビンに用があるなら集落で待っていれば良いだけだからね……。
スーから話を聞いたんだが……貰った力を存分に振るうってのは、傲慢ってのはそんなにいけないことなのかい?」
とても真剣な表情で、見方によっては暗さを含んでいるようにも見える表情でそう言ってくるメアリー。
そんなメアリーの目をじっと見つめたシンは、ゆっくりと力を込めた言葉を返す。
「はい、僕は先生からそう習いました。
……魔法使いは謙虚でなければならない、傲慢が過ぎれば世界から排除されてしまう、と。
最初は魔法という凄まじい力を乱用しないようにっていう、戒めを目的とした教えかとも思ったのですが……ここまで旅をしてきた中で、僕はその教えが本当なんだと実感するようになりました。
神様がいて妖精達がいて……妖精達を守るスプリガンという戦士がいて、魔王なんていう化け物もいて。
……もし神様や妖精達が僕を傲慢と見なし敵と見なし、僕を世界から排除しようとしたなら、僕がどんな魔法を使えたのだとしても、その手から逃れることは出来ないでしょう。
そうならないためにも傲慢にならないように気をつける必要があるんだと思います」
「……だが、傲慢でありたいってのは、そう出来る力を欲する欲望ってのはそれはそれで必要な感情だろう?
そうなりたいからって努力をして、大きな成果を得ることだってあるだろう?」
シンに負けじと力強い声を返してくるメアリーに対し、シンはこくりと頷いてその言葉を肯定する。
「そういった側面があることは僕も否定はしません。
だから先生も傲慢が過ぎれば、という言い方をしたのだと思います。
お金が欲しいとか、美味しいパンを食べたいとか、皆で豊かな暮らしをしたいとか、そういったことは欲望や傲慢さに繋がることですが、同時に発展だとか成長だとか、幸福にも繋がります。
……神様や妖精達や、世界に嫌われないように、周囲の人達と共に生きていけるように気をつけながら努力し、成長し、発展していって欲しい……先生はきっとそう言いたかったんだと思います」
バルトで習ったお金のこと、パン作りのこと、ウィルという理想の領主を目指している友人のことを思い出しながらシンがそう言うと、メアリーは怯んだように一歩後ずさり……そうしてからシンのことをきつく睨んでくる。
その目には敵意のようなものが宿っていたが、シンは恐れることなく、気にすることなく、穏やかに受け流す。
今ほどシンが口にした話は、シンがそう考えているというよりも、旅の中で見てきたこと、学んできたことをそのまま言葉にしただけのものだ。
シンを睨んだところで、否定したところでシンが見てきた世界が変わる訳ではない。
難しい考えなのかもしれないが、出来ることならメアリーにも同じ考えを共有して欲しい、同じ世界を見て欲しいと願って、シンは静かに真っ直ぐな視線を返す。
それを受けてメアリーは……一体何を思ったのか、シンの態度をどう受け止めたのか、ぎしりと歯噛みして、更にきつく鋭い視線をシンへと向けてくる。
それからしばらくの間、シンとメアリーは言葉もなくお互いを見つめ合うことになり……そうしてメアリーは何も言わないまま踵を返し、シンの視線から逃げるかのように立ち去るのだった。
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