第76話 祝福


 シンとドルロが魔法で森に力を戻し、ロビンがそれを手伝い、森の中の草や葉を食むヴィルトスがそれを静かに見守って。

 メアリーとスーは集落で皆が戦えるようになるようにと訓練し、集落の皆は戦いに備えて。


 そうやって数日が経った頃、畑を耕していたロビンがふいに声を上げる。


「……そう言えば、獣神様がおっしゃっていた祝福ってのは、一体全体何のことなんだ?

 魂がどうのとか、そんなことを仰っていたが……。

 確かお前がこの森に来た目的も、この祝福とやらが関係していた……んだったか?」


 その言葉にハッとなったシンは、ロビンに続いて「そう言えば……」と小さく呟く。


 森の力のことや妖精達が騒ぎ出したこともあって、すっかりと忘れてしまったこの森に来たそもそもの目的、魔王を倒した際、その場に居た者に与えられる神の祝福。


 そのことをようやく思い出したシンは、自分の知る限りの情報を整理しながらゆっくりと口を開く。


「……えぇっと、魔王と呼ばれる魔物の王を倒した際に、その場にいる全員に与えられるのが祝福で……魔王を倒した後、神様のいる神殿にいくと頂けるものらしいです。

 魔王を倒した数だけ頂けるようなんですが、同じ神様からは一度しか祝福を受けられないらしく……それで僕たちはこの森の神殿へとやってきたんです。

 神様から旅をしてでも受けるようにと促される程のものですから、相応の意味のあるもののようで……獣神様によると魂がひとつ上の段階に進むもの、らしいですね。

 そして研鑽を積めば恵みがあるとかで……僕やドルロが成長したり、色々な事ができるようになったりしたのも、この祝福のおかげなのかもしれません」


「恵み……か。

 シンは二度の祝福を受けた訳だよな?

 恵みを実感っていうか、自分のここがこう変わった! ってのはあるのか?」


「……正直に言うと、実感とかは全然ないです。

 二度の祝福を受けても、僕の魔法の腕は先生やマーリンさんには全然及びませんし……。

 ああ、でもドルロが色々なことを出来るようになったっていうのは、はっきりと分かる成長の証なのかもしれません。

 身体が大きくなって、食事が出来るようになって……食事で得た魔力で多くの泥を操るとかは、生まれたばかりの頃は出来ませんでしたから」


「ああ、そうだな、普通に飯を食うもんな、ドルロ。

 ゴーレムなのにな……泥の塊なのにな」


「それも女神様の助言があってのことですから……もしかしたら女神様からの祝福の結果がそれだったのかもしれません。

 そして獣神様からの祝福は……まだ結果が出てないのか、それとも既に何か知らないうちに出ているのかは判断がつかないです」


「助言を受けて食事が出来るようになったのが結果……か。

 こう、意識してこういう風に成長したいだとか、こういう能力が欲しいとか、そう願えば結果が出る、のか?」


「それについてはなんとも……ドルロが食事を出来るようになった時は、祝福のことを知らないまま全く意識しないまま、ただ女神様の助言のままにやってみただけですから……」


「なるほどな……ならここで一つ試してみるか」


 と、そう言ってロビンは、畑を耕していた自らの手を天へと向けてぐっと突き上げる。


 木漏れ日が注ぐ森の中でそうしたロビンは、土がぱらぱらと手の先から落ちてくる中、大きな声を上げる。


「砕けない爪と、強い力をくれ!

 どっちか片方でも良いぞ!!」


 そう言ってロビンは自らの身体に起こるだろう変化を待つ。


 突然の大声に驚いてヴィルトスが耳を立てながら目を丸くし、木々の隙間を縫うようにそよそよと風が拭いてきて……爪の隙間に挟まっていた大きめの土の塊がぽとりと落ちて、ロビンの額を打つ。


 そうしてそれなりの時が過ぎてもロビンの身体にはこれといった変化はなく……もしかしたら気付かないうちに何かの変化が起きているのかもと、ロビンは振り上げた手を地面へと振るう……が、特にこれと言った変化はなく、ロビンは苦い表情をする。


「……何も変わってねぇな」


 そんなロビンの様子をじっと見つめていたシンは……ロビンの近くで土をいじっていたドルロが何か言いたげな様子でシンの方へと視線を向けていることに気付いて、ドルロが何を言わんとしているのかを考える。


 ドルロの目は自分の時を思い出せと、あの食事が出来るようになった時を思い出せとそう言っているかのようで……その時のことを思い浮かべながらシンは、ロビンの下へと歩いていって、ロビンの毛むくじゃらの腕にそっと触れる。


「ロビンさん。もう一度今のをやってもらっていいですか?

 上手くいくように僕がロビンさんの魔力を動かしてみるので……もう一度だけ試してみてください」


 するとシンの突然の行動に驚いていたロビンは、その言葉にも驚いて目を丸くする。


「……俺の魔力たって、俺は魔法なんか使えないぞ?」


 目を丸くしながらのロビンの言葉に、シンは頷きながら言葉を返す。


「魔法を使えなくても魔力は誰もが持っているものなんですよ。

 剣や槍で戦う騎士さん達も魔力を当たり前のようにねっていますし、鍛冶職人さんとか、モノ作りに魔力を、無意識で活かしている人もいます。

 きっとロビンさんにも、魔力があるはずで……ドルロが成長した時のように、その魔力に訴えかければ、上手くいく……かもしれません」


 そう言ってロビンの腕に振れたまま、己の魔力を練り始めるシン。


 それを見てロビンは、戸惑う気持ちがありながらも、試しにやってみるくらいは良いだろうと考えて、再び、


「砕けない爪と、強い力をくれ!!」


 と、大きな声を上げるのだった。

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