第75話 土に力を


 畑の土が次々と人の形を成していく。

 手足を持ち、大きな口を持ち、のたのたと歩く、意思を持たぬ土人形。


 その土人形が持っているのは、周囲の魔力やゴミ捨て場に捨てられている物や、自然に戻りにくい物を口の中に入れて、体内に溜め込んだ魔力を使うことで分解し、土に戻すというただそれだけの目的のみ。


 シン曰く、とっても可愛くて格好良い姿をしたその土人形達は、生まれ出るなり畑を離れ、ロビンの小屋を離れて……森の中や集落の中を目指して整然とした行列を作り、のたのたと歩いていく。


 そんな土人形の姿を初めて目にした集落の獣人達は、新種の魔物が出たのかと、何らかの呪物がやってきたのかと困惑していたが……慌ててやってきたロビンの説明によって、どうにかこうにかその存在を受け入れることが出来ていた。


 土人形が邪魔なら邪魔と言ってやればどいてくれるし、これは食べては駄目なものだと教えれば素直に教えに従い手を出そうとしなくなる。

 それでいてゴミはなんでも食べてくれるし、家の中で埃を被っていた不用品なんかも食べてくれる。


 そんな土人形は生活の中で役立ってくれる、とても便利な存在だと言えて……見た目の不気味さを我慢さえすれば、どうにか受け入れることの出来る存在だったのだ。




 ロビンがそんな土人形を作り出す光景を……杖を持ちながら瞑目し、優雅にも見える仕草で杖を振るって魔法を発動させ、次々と土人形を作り出していくシンの姿を見るのは今日で三日目となる。


 すっかりと見慣れた光景であるはずなのだが……どうにもこうにも不気味に見えてしまい、邪悪な儀式のように見えてしまい……小屋の脇の切り株に腰掛けたロビンは、大きなため息を吐き出す。


 とりあえずこの三日間で、森にこれといった問題は起きていない。

 魔物達は姿を見せず、メアリーもスーも自重してくれていて……妖精達もシンの頑張りを見てか大人しくしてくれている。


 まだまだ森が失った力のすべてを取り戻せていないようだが、それでも確実に良い方向へと事が進んでいて……そのことにはロビンも、深い感謝を抱いているのだが、それでもこの光景だけは、不気味な見た目をした土の塊が森中を闊歩する光景だけは、受け入れがたいもので……その口から思わずため息が出てしまうのだ。


 魔力を取り込む為か口を大きく開けながらのたのたと歩き去っていって……その身体いっぱいに何かを取り込み、腹を大きく膨らませながら帰ってくる土人形達。


 ただただ不気味でしかないそれらが、せめてドルロのような姿をしてくれていたらなぁと思うが、ただ見た目の為だけに余計な魔力は使えないというのが、シンからの回答だった。


 そんなことを思いながらロビンが土人形達の様子を眺めていると……帰還してくる土人形の何体かが、その腹を全く膨れさせていなかったり、それどころか体全体を痩せ細らせていたり、その身体の色を灰色や砂色などのよくない色に変えていることに気付く。


「なぁ、シン、戻ってきている連中に何体か体型や色がおかしな土人形が混ざっているが、アレは問題無いのか?」


 と、ロビンが質問をすると、目を開けたシンが、杖を振りながら言葉を返してくる。


「はい、問題無いですよ。

 あの子達にはこの畑の土と、森の中の土を交換するために動いてもらっていますので。

 ただこの畑ばかり豊かになっても意味が無いですから、ある程度の力を取り戻した畑の土を土人形にして歩いていかせて……森の中の、何処か適当な場所にその土を撒いてもらって、撒いた量と同じ量をそこら辺から回収してもらって、そうやって森中の土をここに持ってこさせているんです。

 この森はとても広いですし……そんなことをしても影響は微々たるものだと思いますが、それでもやらないよりは良いのかなって思ってやらせています」


 土の中に動物や虫が眠っていたり、巨木を支えていたりする場所の土は持ってこられないが、そうではない……力を失って枯れかけているような場所の土であれば、むしろこうやって入れ替えてやったほうが、森にとっては良いはずだと、シンが説明すると、ロビンは「なるほどな」とつぶやき、こくりと頷く。


 頷き、シンの言葉に納得したらしいロビンは「よっこいしょ」との一言と共に重い腰を上げて立ち上がり……その手を、熊獣人の手を構えて、鋭い爪をキラリと光らせる。


 そうして小屋の側の、耕されていない、木も生えていない一帯へと足を進めて……その地面に爪を突き立て、猛烈な勢いでその一帯の土を耕していく。


「魔法だ何だのはよく分からねぇし、どうすれば森に力が戻るのかも俺にはさっぱりと分からねぇが……とにかくシンがちょっとやそっとじゃない、大きなことをしようとしているのは良く分かった。

 なんだか今の畑だけじゃぁ手狭なようだし……俺も畑を増やすなり、ゴミを集めるなりしてシン達のことを手伝うとするよ。

 おい、ドルロ、お前も暇ならこっちを手伝え、その手で土をほぐすくらいは出来るだろ?」


 と、ロビンがそう言うと、シンの足元でシンのことを応援していたドルロがタタタッと駆けてきて、ロビンが掘り返した土を懸命にほぐし始める。


「おう、そんな感じそんな感じ、手でほぐしてこねて……。

 ……っておい、何で土を食ってるんだよ!?

 え? あ? お前は土のゴーレムだから、そうやって土をほぐすこともできる……のか?

 いや、でも土を口に入れて吐き出すってのは見た目があまりよくねぇっていうか……。

 あ、ああ、でもいい感じに土がほぐれてるな……ま、まぁ、そうだな、手でそうするより効率が良いならそれもありか……」


 と、そんなことを言い合いながらロビンとドルロが仲良く、一生懸命にシンの手伝いをしてくれようとしている様子を見てシンは、杖を構えながら魔法を使いながら、にっこりと微笑むのだった。


 

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