第66話 ロビン


 それからロビンは、


『俺みたいな図体したのが乗っちまったら馬が疲れちまうからな、馬車に乗るのは遠慮しておくよ』


 と、そう言ってヴィルトスの手綱を手に取り、馬車の前を歩く形で森の中を案内してくれた。


 そうやって森の中を進む馬車の御者台の上で蜂蜜飴の甘さを思う存分楽しんだシン達は、口いっぱいに広がる甘さにほだされたのもあってすっかりとロビンに気を許し、気安い態度で言葉をかけるようになっていた。


 表向きには卑屈で陰気で、あまり良いとは言えない性格をしていたロビンだったが、その根本にあるのは明るく優しく温かな心根であり……シン達が丹精込めて作った蜂蜜飴を何の疑いもなく受け取って頬張ってくれたことをきっかけに、その心を開くようになっていって、いつしか自然と気安い態度を返すようになっていった。


 そうやっていくつかの言葉を交わしていって、たまたまの流れでシンがこれまでの、旅立ったあの日から始まった物語の全てを語ると……ロビンは神妙な顔になり、何かをシンに言おうとして……その顔を左右に振り、言葉を飲み込む。


 ロビンが飲み込んだ言葉は『母親達が憎くないのか? 仕返しはしないのか?』というものであったが、そんなことはわざわざ聞くまでもなく、シンの顔を見れば分かることだ。


 底抜けに明るく爽やかな活力に満ちたその顔を見れば、そんなことを望んでいないことは明白で……そうでなければ邪悪さを嫌う妖精達があそこまで心を許す訳が無い。


「すげぇやつなんだなぁ、お前は……」


 と、そんな言葉を呟いてからロビンは、自分のこれまでを……自分が今何に思い悩んでいるかを、シン達に向けて語り始める。


 ロビンの家系は代々、その筋骨隆々な身体と、心底に秘めた豪気と勇気でもって、この森と、そこに住まう者達を守るという欠かすことのできない重要な仕事を担ってきた。


 曽祖父も祖父も父親も、誰もが当たり前のようにそうしてきていて……ロビンもまたそするものだと、そう思って日々を生きていた。


 毎日の鍛錬を欠かさず、父親から受けた教えを真摯に守り、森の仲間達へ深い親愛を示し、持ちうる限りの最大の礼儀を尽くし、誇りある森の戦士として生きる日々を……。


 そんなある日のこと。


 突如森の北方、森から山へと変わる境目の辺りに、今までに無い大群の……数え切れない程の魔物達が突如現れた。


 ロビンの父親は、間違いなく森の中で最強の戦士であり、10や20の魔物であれば難なく倒す事のできる実力者であったが、100や200をゆうに超えて、その総数を把握することすら出来ない数が相手では万が一にも勝ち目が無かった……のだが、それでも俺は戦士だと、森を守る戦士だとの言葉を遺し、たったの一人で出撃してしまったのだ。


「……俺もすぐに追いかけたかったんだが、森の反対側……南側にも何匹かの魔物が現れやがってな、そっちの対処をしなければならなかったんだ。

 そして俺がたったの数匹の魔物を倒しきれずに、ぐずぐすしているうちに……親父は死んじまった。

 親父が倒した魔物の数は100と少し……魔物に心臓を貫かれても倒れず、森を守る為にと立ち続けた親父は……本当に立派だったよ」


 その壮絶な最後を目にしてロビンは一切の躊躇をすることなく、残りの魔物達と戦うことを決意した。

 魔物の数はそこまでしても尚数え切れず、圧倒的な数であったが、ロビンの中には恐怖は無かった、何の躊躇もなかった。


 父親の仇を取る、森の仲間たちを守る。


 その二つの想いを胸に、ロビンが魔物達の群れの中へと飛び込もうとした―――その時、あの二人が、メアリーとスーが現れた。


「……あっという間だった。

 あいつらが現れて、光を放ったら、それで魔物達が吹き飛ぶんだよ。

 たったの一振りで100の魔物が、ちょっと声を上げたら200の魔物が吹き飛ぶんだ。

 圧倒的で、次元が違う強さで……その光景を見て俺は思ったね、一体どうして、何故親父が死ぬ前に助けに来てくれなかったんだ、ってな……」


 その事件をきっかけに、森を守る戦士、最強の戦士の称号はメアリーとスーのものとなった。

 ある日突然訪れた森の危機の中で、ロビンの父が死んだことをきっかけとして、何の脈絡もなくとんでもない力に目覚めたメアリーとスーのものに。


 ……そしてロビンは森の戦士であり続けることを許されなかった。


『だってお前、あの二人の足元に及ばないくらいに弱いじゃないか』


 そんな言葉でもってロビンは、ロビンにとっての全てを奪われたのだ。


 代々の誇りも仕事も奪われ、父の仇を討つことも出来ず、残されたものは何もない。


「それから俺は……集落の外で、一人っきりで暮らすようになった。

 いっそのこと森を捨てて外の世界に出ちまえば良かったんだろうが……そうすることも出来ず、森の外側を見回って、自己満足する日々って訳さ。

 だから、その、なんだ……集落の側の、神殿の側までは送ってやるが、それ以上は勘弁してくれ。

 俺が集落に顔を出せば、あいつらがまたぞろ騒ぐのは明白だからな。

 ……そして神殿での用事を済ませたらすぐにでも集落を離れるこった。

 あそこに居るのは恩知らずの、恥知らずの、ろくでも無い連中ばかりだ。

 ……そもそも人間は歓迎されないだろうしな、そのつもりで準備をしておくんだな」


 重く暗い声で、言い聞かせるようにゆっくりと、シン達に語りかけるロビン。


 シンとドルロはその言葉をしっかりと胸に刻み、こくりと頷く。


 そしてシンの側で話を聞いていた妖精達は……何を思ったか、ふよふよと周囲を飛びながら、ロビンではなく周囲の木々へと悲しげな視線を送るのだった。

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