第65話 新たな……



 それからシンは荷台へと乗り込んだメアリーの指示を受けて、馬車を森へと向けて走らせていった。


 道が途切れて無くなるまで進み、馬車で行くにはあまり向いていない平原を進んでいって……そうして森が見えてくると、メアリーはまっすぐ行くのではなく大きく回り込んでから森に入れとの指示を出してくる。


「本来馬車で森の中を行くなんてことはまず不可能……なんだが、森の中に大きな荷物を運び込む為の、秘密の道があっちにあるのさ。

 このくらいの大きさの馬車であれば問題なく進めるはずさ」


 その言葉に従ってシンが馬車をそちらへと進めると、確かに馬車が通れるくらいに開けた、道のようになっている隙間がある。


 だがそれはあくまで森の中に偶然出来たちょっとした隙間のようにしか見えず、どう見ても馬車で進めるような道では無かった……のだが、シンはメアリーの言葉を素直に信じて、その隙間の奥へと、森の中へと馬車を進めていく。


 アヴィアナの森とはまた違った雰囲気を持つこの森には、真っ直ぐで背の高い木々が鬱蒼と生い茂っており、それらが作り出す屋根からは僅かしか光が漏れず、地面は根のうねりででこぼことしていた。


 それはまずをもって馬車で乗り込むような空間ではなかったのだが、不思議なくらいにするすると、全く揺れることもなく、何かに……木の枝などに引っかかることなく馬車は進んでいって……そうしてかなり奥まで進んだ所で、木々の合間を縫うような形で重く響く何かの音が聞こえてくる。


「……今のは、まさかまた奴らが出たのかい?

 全く仕方ないねぇ。

 シン! ドルロ! アタシはちょっと出かけてくるから、ここで待ってておくれよ!」


 その言葉にシンとドルロが一体何事だと困惑し、驚く中……木々の隙間から黒い毛に覆われた何者かが姿を見せる。


「……今の声、メアリーか?」


 重く暗く、陰気に響く声の主は、葉を編んだのか鮮やかな緑色の服を来て、濃い緑色の外套を纏い、枯れ葉のような色のブーツを履いた熊の頭を持つ男だった。


 シンの二倍はあろうかという巨躯で、筋骨隆々という言葉が相応しく……その目は何処か儚げで寂しそうでもあり、優しそうでもある。


「おお、ロビンじゃないか!

 丁度いいところに来てくれた! この子達……この人間はシン! こっちの泥はドルロ!

 神殿の神様の大事な客で、今神殿まで案内しているとこだったんだよ!

 アタシは連中の対処をしているから、あとのことは頼んだよ!」


 そう言ってメアリーは、ロビンの返事を待つことなく、シン達が何か言葉を口にする前に、荷台から飛び出て、木々の隙間へと姿を消してしまう。


 その後姿をシンとドルロと妖精達が、唖然とした表情で見送っていると、大きなため息を吐き出した男、ロビンと呼ばれた熊男が、声をかけてくる。


「あー……なんだかすまなかったな。

 アイツはいつもああで、あんな風で我儘で、身勝手な奴なんだよ。

 だからまぁ……アイツに振り回されてしまったのだとしても、そういうモンなんだと思って諦めてくれ。

 で……お前達は人間のくせに俺達の、森の中の神殿に行きたいんだって?

 どうして行きたいのか、行く必要があるのか、まずはその事情を説明してくれないか?」


 その顔を少しだけ俯かせて、上目遣いで御者台の上のシンにそんな言葉を投げかけてくるロビン。


 そんなロビンに対してシンは、先程メアリー達にしたような説明を出来るだけ分かりやすく、丁寧に繰り返す。


 するとロビンは、大きなため息を吐き出し、その表情を卑屈なまでに歪めて、


「あー……なるほどな。

 お前らも魔王を倒したのか。

 ああ……全く嫌になるな、どいつもこいつも化け物ばっかりか、このインチキ野郎共め。

 どうせあれだろ? お前もアイツらみたいにどかーんずばーーんって、インチキな力で倒したんだろ?」


 と、そんなことを言ってくる。


 そんな……あまり良いものとは言えない態度を受けてシンは、少しムッとしながらも、アーサー達やウィル達のような、一緒に戦った仲間達の、友人達の名誉の為にその憤りを鎮め、過去二回の魔王との戦いで何があったのか、その詳しい話をし始める。


 自分達はあくまでそこに居合わせただけで、全ては周りの人達が……強くて頼りになって尊敬出来る人達のおかげなのだと、シンとドルロが懸命に説明すると、ロビンはその熊手で……鋭い爪を持つ熊の手でもって、バリバリと自分の頭を掻く。


「……そこに居合わせただけ……。

 そうか、お前らもそうだったのか……。

 いや……お前と、お前の大切な仲間達を馬鹿にしようと思った訳じゃないんだ。

 ただこう……ついな、口を滑ってしまったというか……ああ、うん、これはお前らに関係の無い話だったな。

 すまなかった……どうか許してくれ」


 そう言ってロビンは、外套の下に隠れていた、大きな背負い袋をどさりと地面に下ろす。

 

 そしてその中から二つの小さな袋を取り出し、その取っ手の紐を指先の爪に引っ掛けて、ゆっくりと持ち上げる。


「……これは詫びの品だ。

 俺にはこんなものしか作れないんでな、こんな物を貰ってもと思うかもしれないが、どうかこれで許してくれ」


 そう言ってロビンは、持ち上げた二つの袋をシンの下へと持ってきて……シンはこくりと頷いてその二つの袋を受け取る。


「ありがとうございます。

 中を確認しても良いですか?」


 受け取り、頭を下げてそう言うシンに対し、ロビンはそっぽを向いて頭をバリバリを掻いて「好きにしろ」とそれだけを返す。


 それを受けてシンが1つ目の袋を開けると、そこにあったのは小さな壺だった。

 木製の蓋でしっかりと封がされたその壺からは、とっても甘い……花の香が漂ってきて、それを嗅ぎつけた妖精達は、凄まじい勢いで飛び上がりながら歓喜の声を上げる。


<蜂蜜だ! 蜂蜜だ!>

<上質の蜂蜜だ!!>

<僕達の花蜜よりもずっとあまぁーーい蜂蜜だ!>


 そう言って妖精達が踊り歌い、喜びをいっぱいに表現する様を、微笑みながら眺めたシンは、もう一つの袋の中身を確認する。


 そこにあったのは琥珀のようにも見える、一切の濁り無く透き通った、綺麗な宝石のような何かだった。


「……そいつは蜂蜜飴だよ。

 不純物を綺麗に取り除いてあるから……美味いぞ。

 その馬にも舐めさせてやると良い。喜ぶはずだ」


 そんなロビンの声を受けて今度は、静かに様子を見守っていたヴィルトスがブヒヒンと歓喜の声を上げるのだった。

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