第64話 メアリーとスー
羊頭のメアリーと狼頭のスーが休憩所のベンチに恐る恐るといった様子で腰を下ろしたのを合図にして、シンは自己紹介とこれまでの、魔王との戦いの顛末を簡単に話していった。
バルトでの魔王との戦い、パストラーでの魔王との戦い、神殿での女神様との邂逅。
あまりにも突拍子な話をしてしまって、メアリーとスーを驚かせてしまわないかと心配していたシンだったが……メアリーとスーは至って落ち着いた様子で話を聞いてくれて、そうして納得したという表情になってお互いを見合う。
じぃっと互いの目を見つめ合いこくりと頷いて、そうやってそれぞれの意思を確認したメアリーとスーはすっくと立ち上がる。
「なるほどね。アンタの事情はよく分かったよ。
そういうことなら森の中の……アタシ達の領域の神殿まで案内してやるよ。
本来人間がアタシ達の領域に入るなんてことは歓迎できないことなんだけど……妖精だけでなく女神様までが関わっているとなったら、無下にする訳にもいかないからね。
……それで、だ。案内してやる代わりと言ってはなんだけど、アンタもアンタで大人しくしてくれっていうか、アタシ達に迷惑をかけないようにしておくれよ?」
「そうそう、変なことしたり暴れたりするようなら案内を打ち切って森から追い出すことになっちゃうからね
そうなったらもう二度と森にも神殿にも入れなくなっちゃうから……お願いだから大人しくしてよ」
メアリーとスーのその言葉にシンがこくりと頷くと、森の中に住まう人々に報せる為なのか、スーがタタタッと駆け出して、来た道を戻っていって……すぐにその姿が見えなくなる。
その背中を見送ったシンが、ブラシを片付けたりヴィルトスを馬車に繋いだりと出立の準備を進めていると、メアリーが何も言わずにシンの準備を手伝ってくれる。
休憩所を片付け、ベンチの上に散ったヴィルトスの毛を軽く払い、ヴィルトスの蹄の様子を確認してくれるメアリーに「ありがとうございます」とそう声をかけたシンは、ふと気になったことがあり、そのままの流れでそれについてを問いかける。
「あの、メアリーさん。
あまり驚かれないんですね?
魔王が出たとか戦ったとか……僕自身も言葉にしていて、突拍子もないと言いますか、信じられないと言いますか、この目で見てなかったらとても信じられない話だと思うのですけど……」
するとメアリーは、シンの方を見ることもなく「なんだ、そんなことか」といった態度で言葉を返してくる。
「そりゃぁねぇ、ついさっき妖精がアンタのことを嘘つきじゃないって言ったばかりだしねぇ。今更アンタの言葉を疑ったりはしないよ。
それと、あれだ……アタシ達の領域にも最近魔王が出たばかりだからね、人間の領域でも出たと聞いても今更驚きやしないよ」
「えっ!?
も、森でも魔王が出たんですか!?
そ、それで、その魔王はどうなったんですか!?」
「ミミミー!」
メアリーのまさかの言葉に、作業の手を止めて驚愕の声を上げるシンと、シンの足元で両手を振り回しながら驚愕の声を上げるドルロ。
その声を受けてシンの方へと顔を向けたメアリーは、事も無げにあっさりとした態度でとんでもないことを口にする。
「どうしたもこうしたも……アタシとスーで倒したよ。
森の中で火を吐き出すような馬鹿野郎でねぇ……まったく迷惑なやつだったよ。
倒した後で神殿に行ったらアレが魔王だって話を聞かされてね……他の地域でも出てるなんて話を聞かされて、それでアタシとスーはアタシ達の領域の外に助けに行くか、行かないかを話し合ってたって訳さ。
……アタシが行く派で、臆病者のスーが行かない派で。
で、スーの馬鹿が話の途中で逃げ出しやがったから追いかけることになって……追いかけているうちにこんな所まで来ちまったって訳だね。
結果としてアンタに会えて、アンタから外の連中も頑張ってるって話を聞けた訳だから、スーとの追いかけっこも無駄ではなかったってことかねぇ」
そう言って視線を手元へ戻し、作業を再開させるメアリー。
そんなメアリーの話を受けてシンとドルロは、今度は声も出せない程に驚愕し、硬直してしまう。
魔王を倒した?
たった二人で倒した? あの魔王を
バルトでもパストラーでも大勢の、たくさんの力があったからこそ勝てたあの魔王を?
シンとドルロが硬直したままそんなことを考えていると、大体の準備を終えたメアリーが視線を向けてきて……シンとドルロの態度を見て首を傾げる。
「なんだいなんだい、呆けちまって。
ほら、神殿に行くんだろ? さっさと馬車に乗って手綱を握りなよ」
メアリーにそう言われても尚、シンとドルロが硬直したまま呆けたままでいると、メアリーはガシガシと自らの頭を掻いてから、シン達の側へと近寄ってきて、
「おい! 何を呆けちまってるんだい!!」
と、大きな声を上げてくる。
それを受けてようやくシンとドルロが冷静さを取り戻すと、メアリーは呆れ顔で大きなため息を吐き出す。
「一体全体どうしたってんだい、急に呆けちまってさ」
「あ、いえ、その。
まさか、たったの二人であの魔王を倒しただなんて……信じられないといいますか、驚いてしまったといいますか……」
と、シンがそう返すとメアリーは更にがしがしと頭を掻きながら「うぅん」と唸って、遠くを見てまるでその時のことを思い出しているかのような仕草を見せてから、言葉を返してくる。
「いやー……あとから魔王だって知ったってだけで、実際に戦ってた時にはただのモンスターだと思ってたっていうか……そんなに強くなかったぞ、アイツ。
神託で外の連中が苦戦してると教わらなかったら助けに行こうなんて考えもしない程の雑魚だったし……。
人間にバレないようにささっと行ってささっと倒せる程度の相手だと思ったからこそ、神託に従って助けに行くべきかどうかって話し合いをすることになった訳だし……。
まぁ、何にせよ何処の魔王も討伐されたってことなら、もう終わった話だ。今更強かった弱かったなんて気にしても仕方ないだろう」
それは人間を、魔王と戦ったシン達を見くびっているとか馬鹿にしているとかではなく、ただ単純に、メアリーがそう感じたという正直なところなのだろう。
そうして話は終わりだと踵を返したメアリーは、ヴィルトスの背中をそっと撫でながら「アタシも馬車に乗っても良いかい? 重くないかい?」なんて言葉をかけ始める。
シンとドルロはそんなメアリーの姿を眺めながら、またも呆然としてしまって……そのまま何も言えなくなってしまったのだった。
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