第63話 羊頭と狼頭


「いい加減に止まれ……ってうぉぉぉ!?」


 休憩所のシン達に最初に気付いたのは羊顔の女性だった。

 慌ててその足を止めて、いつでもその場から逃げ出せるようにと構えながら警戒感を顕にする。


「……え? 急に足を止めてどうしたの……って、うわ、人間!?

 もしかしてオラ達、人間の領域まで来ちゃってたの!?」


 続いて狼顔の男性がシン達に気付いて、悲鳴のような声を上げる。

 そうしてから足を止めて、つい先程までその手から逃れようとしていたはずの、女性の下へと駆けていって、その身を寄せて震え上がる。


 すかさず女性が一歩前に出た女性が、震える手をどうにかこうにか御して拳を握り込んで、こっちに来たらただではおかないぞと、威嚇をしてくる。


 その威嚇を受けてシンは、どうしたものだろうかと頭を悩ませる。


 かつて世界を作り出した神々の一柱、獣神の愛し子である獣人達は、シン達のような人間とは全く別の価値観、文化の中で生きてはいるが、この世界にとって欠かすことの出来ない住人であり、大切な隣人であるのだとアヴィアナから教わっていて……その教えを思い出しながらシンは、ブラシを持ったまま両手を高く上げて、武器は持っていないと、攻撃する気も敵対する気もないと態度で示す。


 すると足元のドルロもまたシンと同じポーズを取り……いつの間にやらヴィルトスの背に乗っていた妖精達までもが同じポーズを取る。


「うぉ!? 妖精!?

 妖精がなんで人間と一緒に……!?」


「い、いや、見てよあの妖精の姿! 人間だ! 

 人間の魂から産まれた妖精なんだから、人間と一緒に居てもおかしくないよ。

 それよりもメアリー……あの子のことだけど、妖精と一緒に居るってことは、悪い人間ではないみたいだよ」


 シン達の様子を見るなり大声を上げる羊頭の女性と、そんな女性に言葉を返す狼頭の男性。


 狼頭の男性の言葉を受けて、メアリーと呼ばれた女性はその表情を歪めて、何か色々と考え込んでいるというような表情となって……そうしてから恐る恐る、その構えを解きながらシンへと声をかけてくる。


「あー……その、なんだ。

 人間の領域に無断で入っちまって悪かったな。

 ……それで、だ。その、出来ることならアタシらのことを見なかったことにして欲しいんだが……。

 アタシもこの間抜け面のスーも、何年かぶりに森の中から出てきちまったもんだから、そこら辺のとこ、うっかりしてたんだよ」


 メアリーがそう言うと、スーと呼ばれた男性が何度も何度も首を縦に振って、メアリーの言葉に同意を示す。


 その言葉を受けて、上げていた両手を下ろしたシンは、ブラシをゆっくりと動かし、ヴィルトスのブラッシングを再開させながら「うーん」と頭を悩ませる。


 そうやってブラッシングを続けて、続けに続けて、ヴィルトスの顔を存分なまでにうっとりとさせてから、口を開く。


「僕はずっと遠くから来た旅人でして。

 その人間の領域とか、そういうのはよく分からないんです。

 獣人さんとお会いするのも初めてのことで……特に僕が何かをするとか、誰かにこのことを言うとか、そういうつもりはありません」


「ミミ~~~ミミミミ~~」


 そんなシンの言葉と、ゴーレムが声を上げたことにメアリーとスーが心底から驚く中、シンは言葉を続ける。


「ですが、一つだけお聞きしたいことがあります。

 お二人は森の中から来たとのことですが、その森には神殿があったりしませんか?

 僕は今、女神様のお告げで森の中にあるという神殿を目指して旅をしていまして……もし神殿のことを知っていたら、その場所を教えて頂ければと思うのですけど、どうでしょうか?」


 そう言ってシンがじぃっと見つめると、メアリーとスーはお互いの顔を見合い、同時に腕を組んで、同時に首を傾げてうんうんと唸る。


 そうやってしばしの間、頭を悩ませてから、スーが恐る恐ると言った様子で声を返してくる。


「あー……その、女神様のお告げって本当のことなのかい?

 妖精と一緒に居るくらいだから、嘘ではないんだろうけど、一応確認しておきたいんだ」


 その問いにシンが答えようとすると、シンよりも早く妖精達が声を上げる。


<ほんとだよー!>

<シンは嘘つきじゃないよー!>

<そんなことを言うなら、女神様をここに呼んじゃうよー>


 すると泡を食ったような態度でメアリーが即答を返してくる。


「う、うぉぉぉい!?

 待て待て待て待て!?

 女神様を呼ぶだとか、ふっざけんなよ! 不敬だってアタシらが怒られちまうよ!?

 信じる! 信じるからそんなバカな真似、しないでおくれ!?」


 メアリーの言葉に合わせて先程よりも激しく、一段と激しく首を縦に振るスー。


 その様子を見てなのか、満足気な様子の笑顔となった妖精達は、ヴィルトスの背からふわりと飛び上がり、スーの真似をしてこくこくと頷く。


 そんな妖精達を見て、安心して良いのやら悪いのやら……なんとも言えない気分となったメアリーとスーは、複雑な表情を浮かべて苦笑いをする。


 シンもまたそんな妖精達を見て苦笑いを浮かべて……シンの苦笑いを見たメアリーとスーは、大きなため息を吐き出して、肩の力をゆっくりと抜いていく。


 そうしてからお互いの顔を見合い、小さな笑みを浮かべたメアリーとスーは、小声で何かを話し合い……それなりの時間をかけてから、メアリーが二人を代表する形で声をかけてくる。


「あー……まずは、その、なんだ。

 アンタの名前とか、どうして神殿に行く必要があるのかとか、そこら辺の話を聞かせてくれないか?

 アンタの話次第で、案内するか、それとも情報をくれてやるのかを判断したいと思う。

 ……そういう訳で、あれだ、アタシ達がその休憩所を行って話を聞こうと思うんだが、それで構わないか?」


「はい、構わないですよ。

 ヴィルトスの、この馬の抜け毛で少し汚れていますが、それが気にならないのでしたら、こちらのベンチにどうぞ」


 シンがそう即答すると、メアリーとスーは、固唾を飲んでから頷き合って、警戒しながら恐る恐る慎重にシンの下へとやってくるのだった。


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