第67話 獣神


 ロビンの案内で森の奥へ奥へと馬車を進めていって……そうしてシン達は、森の獣人達が住まう集落へと到着した。


 一体全長はどれくらいなのか、想像もつかない程に大きく真っ直ぐな木々に囲まれたその集落は、木漏れ日と、木々のところどころに吊るされたカンテラの灯りによって照らされていて……その中央には大きな川があり、さらさらと水音を立てている。


 その横幅はかなりのものとなっているが、集落の住人達が当たり前のように歩いて渡っているところを見るに、あまり深い川ではないようで……所々で洗濯や洗い物や、水遊びをしている住人達の姿がある。


 そしてシン達が歩いて来た道は、そのまままっすぐに集落の中を突き進んでいて……その向こうから狼頭のスーが、慌てた様子でこちらへと駆けてくる。


 その姿を見るなりロビンは「俺はここまでだ」との言葉を残してこの場から立ち去ろうとする……が、そんなロビンに向けてスーが大きな声を上げてくる。


「ロビン! 君もだ!

 君も神殿に来るようにと神託が下った!

 集落の皆は人間と君が立ち入ることを歓迎していないけど、神託ということなら話は別だよ!」


 その声を受けてロビンは足を止めて……そのまま少しの間考え込み、仕方ないかと言わんばかりのため息を吐き出して踵を返す。


 御者台からその様子を見ていたシンは、ロビンも元はこの集落の人間だろうに、立ち入ることすら歓迎されないとは一体……と、そんな疑問を抱くが、言葉にすることはなく、胸の奥深くへと呑み込む。


 そんなシンの様子に気付いているのかいないのか、ロビンは何も言わぬまま再度手綱を握り、ゆっくりと引いてくれて……そうしてシン達は、見張り役件案内役のスーと共に道を真っすぐに進み……大きな木の幹をくり抜いて荘厳な彫刻をすることで飾り立てたといった様子の、森の神殿へとたどり着く。


 神託によると神殿の中に入って良いのは、シンとドルロと妖精とロビンだけだとのことで、御者台から飛び降りたシンはヴィルトスを一撫でして「待っててね」と声をかけてから、スーと馬車をその場に残し……足元をキョロキョロとしながらうろつくドルロと、周囲を自由気ままに飛び交う妖精達と、不承不承といった態度のロビンと共に神殿の中へと足を踏み入れる。


 重厚な扉を押し開けて、その向こうに広がっていた光景はシンが想像していたのとは全く違って、質素かつ落ち着いた、アヴィアナの家を思い出すようなものとなっていた。


 生活に必要な最低限の家具と、最低限の品々と、いくつかの椅子が置かれているだけのその空間となっていて……その最奥、いくつかある椅子の中でも最も古めかしい椅子に、一人の年老いた獣人がくたびれた様子で腰を下ろしている。


 一体どんな種族の獣人であるのか、一見では判別のつかないその姿を見てシン達が神官か、あるいは神殿を管理している人かなと、そんなことを思っていると、慌てた様子のロビンが床に膝を突き、頭をぐいと下げてその老獣人に対し出来得る限りの最大の敬意を示す。


(まさかあの人が森の獣人達の神様……獣神様!?)


 と、その様子を受けて、シンがそんなことを考えていると、獣神がゆっくりと立ち上がり、


「……よいよい、呼び立てたのはこちらじゃ。

 堅苦しい挨拶など必要ない」


 と、唸るように響く太い声をかけてくる。


 豊かな白い毛に全身を覆われていて、緑色の丈の長いローブを身にまとって、緑色のナイトキャップを被っていて。


 顎から垂れる長い髭のような毛を揺らしながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる獣神の瞳は人のそれとは全く違う形をしていた。


 砂時計のような形と言えば良いのか、長方形をくびれさせた形といえば良いのか。


 全く見慣れぬ形のその瞳とその姿にシン達が困惑していると、獣神が気にした様子もなく優しげに微笑み、その手をゆっくりと振り上げ……その爪の先から垂れるなんらかの力によって絞り出したらしい二滴の雫を、ピンッと指を弾くことでシンとロビンの方へと飛ばしてくる。


 シンはその胸に雫を受け、膝を突いていたロビンはその頭に雫を受けて……それを見てゆっくりと頷いた獣神は、大きなため息を吐き出してから引き返し、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。


「ロビン……ようやくお前にも祝福を渡せたな。

 あの子達が魔王を討伐した際、この森を守らんとお前もあの場に駆けつけておったからな……お前もまた祝福を受ける権利を有しておったのだ。

 これでお前達の魂は、ひとつ上の段階へと進むことになった。

 魂がひとつ上へと進んだからといって、それだけで劇的な変化がある訳ではないが……お前達が相応の努力と研鑽を詰めば、魂は相応の恵みをもたらしてくれることだろう」


 そう言って椅子をぎしりと鳴らして、まぶたを閉じようとする獣神に、シンが丁寧な態度で頭を下げ、ロビンが更に深く頭を下げていると、周囲をふよふよと浮いていた妖精達から、いつものそれとは少し違う、重さを含んだ声が上がる。


<元気ない、どうしたの?>

<森も、おじいちゃんも元気がないよ?>

<流れが変、流れが淀んでる、このままじゃぁ良くないよ?>


 その言葉を受けてシンとロビンは同時に顔を上げて、妖精達へと視線をやり……妖精達が心配そうに見つめる獣神へと視線をやる。


 すると獣神は、その目を大きく見開いた表情でもって妖精達を見つめて……その両手でもって自らの顔を覆い、言葉にならない言葉を吐き出して嘆く。


 悔恨と、深い悲しみと、どうにもならない絶望と。


 そうした感情を散々に吐き出した獣人は、両手で覆っていたその顔をシン達の方へと向けて、一言、


「儂は、神失格じゃ」


 と、そう呟いてその目に涙を溜め込むのだった。

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