第59話 第二章エピローグ 祝祭が始まって その1


 屋敷を出て、人と賑やかさに満ちた町の中を行き、ウィルの言う主賓席は何処にあるのかとシンとドルロが視線を彷徨わせていると、麦わら帽子や麻のエプロンといった素朴な格好をした人々が、人の良さそうな笑顔を浮かべながらその腕を振って、シン達の席はあちらだと、そう示してくる。


 その案内に従い、町のそこら中に置かれたいくつもの酒や料理が並ぶテーブルの合間を縫う形で足を進めた先にあった主賓席は、よりにもよって神殿の前に設けられていた。


 魔法使いとしては神殿に関わることはあまり良いことでは無いし、神殿側としても良い顔をしないことなのだが……と、シンが躊躇していると、白色と青色が入り交じるローブのような形の聖服に身を包み、その金の髪を聖油できっちりと固めた老神官が、笑顔を浮かべ、一礼をすることでシン達を歓迎するとの旨を伝えてくる。


 その服の荘厳さから相当な地位であることが分かる神官から、そうまでされてしまっては……と、神官へと頷き返したシンは、ドルロと妖精達と共に足を進めて、白い布で覆われた丸テーブルの前の椅子にゆっくりと腰を下ろす。


 すると、シンのことを後ろから追いかけてきていたのか、すぐ隣の席の前へと立ったウィルが、興味深げに視線を向けてくる人々へと大きな声を上げ始める。


「この地にやってきた魔王は、この地に邪悪なる呪いをかけての、卑劣なる方法での侵略を策謀した!

 しかしその企みは神殿におわす女神様によって看破され、女神様の導きによりドーン・キハーノとその手の者達が魔王の策謀へと立ち向かうことになったのだ!

 しかしながら魔王の力は強力で、キハーノ達だけでは太刀打ちできず……そこでこの地に喚ばれたのがこのシンだ!

 バルトの地にて、煌めく光のバルト騎士団と共に魔王を討ち果たした英雄であるシンは、この地に来るなり誰にも手懐けられなかった荒馬を乗りこなし、古代に魔物達と戦ったゴーレム達を蘇らせ、更にはこの地に住まう妖精達とも友誼を結んでみせた!

 そしてその全てが結実しての魔王討伐……それはまさしく伝説にあるような、お前達に見せたい程の見事なものだった、更には戦場となった荒野には花が咲き乱れ―――」


 嘘は言っていないものの、嘘に近いような調子で、そんなことを悠々と語りあげるウィル。


 その言葉に恥ずかしくなるやら、居た堪れなくなるやら、シンがなんとも申し訳無さそうに縮こまっていると、シンの近くで様子を見守っていた妖精達がそんなシンの様子がおかしくてたまらないとばかりに笑い声を上げて、きゃっきゃっとシンの周囲を飛び回る。


 魔力を放ちながら、キラキラと煌めきながらそうする妖精達の姿を町の人々はどう見たのだろうか。


 初めて目にする神話の中に迷い込んだかのような光景。

 かつての我が子かもしれないと思うと、たまらず抱きしめたくなるような愛らしさと無邪気さ。

 そんな光景の後ろに控えるのは、自分達を救ってくれた荘厳なる女神様のお住まいである神殿。


 そこに響き渡るウィルの演説もあってか人々は興奮し、感極まり、中には涙まで流すものまで現れて……そうやって人々は一気に盛り上がっていく。


「―――さぁ、祝祭を始めよう!

 女神様に感謝し、妖精達に感謝し、英雄と自然の恵みに感謝する百年に一度あるかないかの大祝祭だ!

 我が家の倉庫の備蓄はもう空っぽだ! 残さず余さず楽しまねば、なんてことをしてくれたのだと罰を与えてくれるぞ!!」


 そんな言葉でウィルの開催式典演説が締められると、人々は盛り上がりに盛り上がった気持ちをそのままにシンの側に駆け寄り声をかけるなり、楽器を手にして弾き鳴らすなり、その響きのままに歌うなり踊るなり、食事や酒を求めて駆け出すなりとし始める。


 そうやって盛り上がっていく祝祭の中で懸命にシンが人々に言葉を返したり、差し出された礼の品や食事を受け取ったりとしていると……噴水の方で劇団と思われる人々による、魔王討伐を再現したと思われる一大劇が演じられ始めて、そちらへと人々が吸い寄せられるように足を向け始める。


 そうしてシンの肩をポンと叩いてくるウィル。


「ご苦労だったな。

 演劇が始まりさえすれば、こちらはもう静かになるばかりだ。後はもう食事に酒に、歌に踊りに……何の為の祝祭だったかを忘れての大騒ぎだ。

 シンもドルロも妖精達も好きにしてくれて構わないぞ」


 そう言ってウィルは、何か用事でもあるのか立ち上がり、主賓席を後にする。


 その背中を見送りながらシンは、大きなため息を吐き出して……そうしてからそう言えば自分の仕事は妖精達をあやすことだったなと思い出し、慌てて妖精達へと視線を向ける。


 するとそこには周囲の泥を操りながら懸命に妖精達をあやすドルロの姿があり……ドルロが自分の代わりにあやしてくれていたのかと、シンはほっと安堵の息を吐く。


「……ありがとう、ドルロ。

 皆も大人しく待っていてくれて、ありがとうね。

 ……これからは自由にしていいそうだから、皆が行きたい場所に行こうか」


 安堵の息の後にシンがそう言葉を続けると、妖精達はきょとんとした表情となり、こくりと首を傾げる。


<行きたい場所なんてないよー>

<ここにいないとダメだよー>

<ここで待ってないとダメだよー>


 こくりと首を傾げながら、そう言ってくる妖精達に、シンとドルロが一体何がいけないのか、何を待っていないとダメなのかと首を傾げていると、シン達の後方……神殿の方から、バタンと扉が開け放たれたかのような音が響いてくる。


 一体何がとシンとドルロが振り返るとそこには、透き通った青い髪をした……以前噴水で出会ったあの女性がにっこりとした微笑みを浮かべているのだった。


 

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