第58話 祝祭
「祝祭を行う」
身支度を整え直したウィルと共に食堂での朝食を済ませて、食後のお茶をゆっくりと飲みながら、さて、今日は何をしようかとシンが頭を悩ませていると、ウィルからそんな言葉が飛び出してくる。
「祝祭……ですか?」
と、シンが訝しがりながら問いを返すとウィルは、当然だろうと言わんばかりの表情となってこくりと頷き、声を上げる。
「今回の魔王討伐の成功は、女神様の加護と妖精達の助力があってのものだ。
実際に戦ったお前達のおかげであることも重々承知しているが……何しろ相手が女神様だ、まずは女神様への感謝を、パストラー領を上げての祝祭でもって示すべきだろう。
そして次に感謝を示すべきはそこに居る妖精達になる。
妖精達には魔王討伐だけでなく、あの荒野を豊かな大地へと変えてくれたことへの感謝も示さなければならん。
今はそうしてシンの側に居てくれているが……気まぐれな妖精達のことだ、ある日突然姿を消して、二度と姿を見せてくれないということもあるだろう。
で、あればこそ、そうなってしまう前に急ぎ祝祭を行う必要があるという訳だ」
「なる……ほど。
女神様への感謝と、妖精達への感謝の祝祭……悪くないかと思います。
では、これから準備を進めて、準備が済み次第に……という感じですか?」
シンが頷きながらそう言葉を返すと、ウィルは悪戯が成功したでも言いたげなにっこりとした笑みを浮かべてから言葉を返してくる。
「ああ、準備が済み次第に開催……つまり今日、この後から祝祭が行われるのだ。
準備などお前が寝ている間に済ませきっているからな。
と、言うわけでシン……身支度が整い次第に主賓席へと向かってくれ」
その言葉を受けて、シンは大きく驚き……驚きのあまり言葉を失ってしまう。
準備が既に済んでいるとか、これから祝祭だとか、そこら辺のことはまだしも、自分が祝祭の主賓とは一体全体、なんだってそんなことになってしまっているのかと、シンが驚きのあまりに困惑していると、ウィルは「わはは」と笑い、大きく笑い……本当におかしそうに腹を抱えながら笑い……そうしてから声をかけてくる。
「一応言っておくがシン、お前が主賓という訳ではないぞ。あくまで主賓は女神様とお前の側にいる妖精達だ。
……お前が寝ている間、その妖精達は屋敷内をうろちょろと……なんとも自由に駆け回っていてな。
その際にどうか主賓になってくれないかと交渉したのだが、妖精達はあくまでシンの側に居たいと、それ以外のことには全く興味が無いと、そう言うのだ。
屋敷内をうろちょろとするのも、シンが寝ていて暇だからで……祝祭自体は嬉しいが、退屈そうな主賓席になんて居たくないそうなのだ。
という訳でシン、なるべく早く終わらせるつもりだから、開催式典の間だけ、どうにか妖精達をあやし、主賓席に留まらせて欲しい」
ウィルのそんな言葉を受けて、シンがシンの周囲をふわふわと舞い飛ぶ妖精達に視線を向けると、妖精達はそうされたのが嬉しいのか、にぱっと笑顔を輝かせる。
<遊んで! 遊んで!>
<お外、とっても賑やかだよ!>
<追いかけっこでも、お話でも、また大きなゴーレムで遊ぶのでもいいよ!>
笑顔を輝かせながら、そんなことを言ってくる妖精達は、ふわりふわりとシンの周囲を舞い飛んで……空中で踊りだしたり、でんぐり返しをしたり、側転をしたりとなんとも自由に動き回る。
そんな妖精達の動きをじっと見つめながら、どうしたものかとシンが頭を悩ませていると、足元で待機していたドルロが、両手をぶんぶんと振り回し始める。
「ミー! ミミー!!」
そうして上がったその声には自分も手伝うから頑張ろうとか、自分が居るから大丈夫との、そんな意味が込められていて……シンはウィルとその周囲に控える従者達の期待の込もった視線をしっかりと受け止めて……こくりと、静かに頷く。
その様子を見るなり、ウィルが手を叩いて大きな音を食堂に響かせると、それを合図にして従者達が慌ただしく動き始め、側に控えていたギヨームまでもが、その鎧をがしゃがしゃと揺らしながら何処かへと駆けていく。
その慌ただしさからとんでもないことが始まってしまったのではないかと、シンは身構えるが……既に準備も終わっているとのことだし、今更じたばたしても仕方がないと諦めに近い納得をしたシンは、ゆっくりと席から立ち上がり、食堂を後にする。
そうして一旦自室に戻って、身支度を……人前に出ても良いように、髪を整え、杖のささくれを整え、愛用のローブにほつれが無いかの確認をしたシンは、ドルロと妖精達を連れて、ウィルの屋敷を後にするのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます