第60話 第二章エピローグ 祝祭が始まって その2
以前噴水の側で出会った不思議な雰囲気を纏うその女性は、噴水の中央に飾られた女神像そっくりの姿をしていた。
そうと知った時から、女性の正体は女神様なのだろうと、そう考えていたシンは、まさかの再度の出会いに言葉に出来ない程に驚き、呆然としてしまう。
大昔に世界を生み出した神々の一柱であり、今も尚世界を見守り続けている、人間や動物や精霊を創造したとも言える、何もかもを超越した存在。
世界の秩序の守り手……というよりも、世界の秩序そのものと言っても良い存在であり、そんな存在がまさか世界の秩序を乱しているとも言える魔法使いである自分と、二度もお会いになろうとするなんて……と、そういった驚きをシンは抱いていたのだ。
シンのそんな内心の思いに気付いているのかいないのか、女性はゆっくりと側まで近付いて来て、長い髪を撫で上げながらシンの隣の席へと腰を下ろす。
「魔王の討伐……ご苦労さま、見事だったわよ。
そういう訳で私の方から再度の祝福を与えても良いのだけど……私からは既に一度バルトの魔王の件に絡めて与えているので、二度目は難しいの。
……独り占めするなだとか偏りがどうのだとか全く面倒な話よね。
だから今回も助言という形になるわね。
西に行けば森の中の神殿が、南に行けば海の前の神殿があなたを待っているわ。
私のおすすめは西かな、その子達も森の中の方が好きだろうし……あそこも色々困ったことになっているだろうし……。
え? 何よ? その不思議そうな顔……ああ、他の人のこと?
魔王討伐に報いるための祝福はその場に居た者、全てに権利があり……神殿に来訪次第してあげるから問題無いわ。
バルトのあの子達も既に別の神殿で祝福を得ているし……そういう訳でもあなたは二度目なのよ。
え? 何? その話じゃないって顔しているわね? ああ、魔王のこと?
あれに関しては私達に出来ることは少ないから、あなた達に頑張って貰うしか無いのよ。
……面倒くさいけども守らなければならない、大事なルールなの」
怒涛の如く勢いでそう言ってくる女性に、シンはなんとも言えない表情を返すことになる。
一体女神様は何を言っているのか、何を言わんとしているのか……あまりの勢いに理解が追いついていなかったのだ。
一つ一つゆっくりと説明して欲しいと、そんなことを考えながら、シンはその言葉の意味を少しずつ噛み砕き、理解していく。
魔王、祝福、二度目、バルト。
それらの単語から察するにつまりはこういうことなのだろう。
魔王の討伐、その場に居合わせた者には祝福を得る権利がある。
そしてその祝福は神殿で得られるものであり……シンが以前キハーノと共にここに来た際に、この女性と……女神様と出会うことで祝福を得ていたらしい。
あの助言が祝福だったのか。
それとも他の何かだったのか……詳しいことは分からないが、兎にも角にもそういう事であるらしい。
しかしながら一つの神殿で祝福を得られるのは一度のみ。
既にバルトの件で祝福を得ていたシンは、今回の魔王退治での祝福をここで得ることは出来ないようで、それで別の神殿に行けと、女神様はそう促しているようだ。
バルト騎士団の面々はまた別の神殿で祝福を得たらしい。
ウィルやキハーノ、巡行騎士団の面々はこの神殿で祝福を得ることになるのだろう。
そしてどうやらシンは、こことはまた別の神殿に赴くことで二度目の祝福を得ることが出来るらしい。
と、そこまで考えたところでシンは「うーん」との唸り声を上げる。
詳細の分からない祝福のために次の神殿に行くべきなのか否か。
そもそも、その一度目の祝福にしても、バルト騎士団の戦いを少し手伝っただけのことで、おこぼれのような形で得てしまったようなものだ。
で、あれば一度の祝福で十分だと満足するべきなのではないか……。
「そこは素直に女神様からのありがたいお言葉ということで受け止めて欲しいな。
あなたにとってもその子……ゴーレムにとっても、きっと良いことがあるはずよ。
私達にとっても世界にとっても大事なことだし……お願い、ね」
そんなシンの考えを読んだのか、そう言ってくる女神様。
女神様にそうまで言われてしまっては……と、シンはこくりと頷く。
すると女神様はにこりと微笑んで……すっと、片手をシンの前へと差し出してくる。
その手のひらには、ガラス製の小さな瓶が三つ置かれていて……シンは女神様に促されるまま、その三つをそっと手に取る。
「それはこの子達の仮住まい、ね。
流石にずっと外に出たままでは疲れてしまうから、夜とか忙しい時とかはそこで休ませてあげて。
西の森に行く際にはきっとこの子達が力になってくれるはず……あそこの爺はすっごい偏屈だから、この子達に頼ると良いわ」
またも理解が追いつかないことを言ってくる女神様に、シンは軽く困惑する。
三つの仮住まい、この子達。
……まさかこの子達とは妖精達のことなのか?
この妖精達もこれから先ずっと一緒に居るのだろうか?
あの黒い森に帰らなくて大丈夫なのか?
瞑目したシンがその言葉の意味をそうやって再度考え込んでいると……隣から「うふふ」と聞こえてきた女神様の柔らかな笑い声が、まるで風に混じって何処かに飛んでいくかのように小さくなっていって……すっとかき消えてしまう。
そしてシンがハッとして隣の席へと視線をやると、そこに居たはずの女神様の姿はいつの間にやら無くなってしまっていて……シンは今日一番の、呆然とした表情をしてしまうのだった。
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