第57話 帰還
荒野で魔王と戦うことになり、苦闘の末に魔王を倒したら荒野が自然豊かな大地に生まれ変わった。
領主であるウィルが言ったとしてもそう簡単には信じて貰えないであろう、そんな経験をすることになったシン達は、生まれ変わった大地の光景を充分に眺めてから……町に帰還し、兎にも角にもこの疲れ切った身体を休めようとその場を後にした。
その集団の先頭を行くのはヴィルトスで、馬ながらに自分と背に乗るシンが何を成したのかを理解しているらしく、誇らしいとばかりにぐんと胸を張り、ぐいと首を上げて、そうしながらも疲れ切った様子のシンを気遣いながら、ずんずんと脚を進めている。
そんなヴィルトスの背の上には、シンを支えるドルロと妖精達の姿があり……ゴーレムと妖精に支えられている一人の少年という、何とも言えない光景を眺めながら、ウィルを始めとした一同が後を追いかけていた。
魔王に勝利しての凱旋だ、本来であれば領主であるウィルが先頭を行くべきなのだが……ウィルもウィルの愛馬も、何も言わずにシンにそれを譲っていて……シンは疲れ切った頭でぼんやりと、深く考えることなくそれを受け入れていた。
そうやって元荒野を離れ、途中で何度か天幕を張っての休みを取りながら……三日程をかけて畑や、そこで働く人々の姿を見ることの出来る領主と女神が暮らす町、バロニア近郊へと至ることが出来た。
一面に広がる畑で毎日の労働に精を出す人々は、疲れ切った様子ながらも誇らしげで満足げな一同の姿を見て……何がしかの一大事があり、それを無事に解決してきたらしいのだとすぐに理解して、ウィルや巡行騎士団の側へと慌ただしい様子で駆け寄り、労りと祝いの言葉をかけてくる。
そうする中でどういう訳なのか先頭を行く少年のことをじっと見つめて、初めて見るその顔に首を傾げながらも、人々は暖かな声をかけてくれる。
まだまだ疲れの取れないシンにとっては、少しばかり大変なことだったが、その一つ一つに丁寧に返事をしていって……人々はその姿と、その側にあるゴーレムの姿と、それらをしっかりと支える誇らしげな荒馬の姿を、その記憶に刻み込んでいくことになる。
それから一同は無事にバロニアへと到着し、直行する形でウィルの屋敷へと駆け込んで……ウィルとシンはそれぞれの部屋で、キハーノや巡行騎士団は用意された客間で、ゴーレム達は屋敷の庭で、馬達は屋敷側の馬房で、ゆっくりと身体を休め……その日と翌日の時間全てを、疲れを癒やす為に使うのだった。
そうして疲労から回復したウィルは、何をするよりも真っ先に屋敷前にバロニアの人々を集めての報告会を開催した。
長い間、パストラー領が魔王による呪いに汚染されていたこと。
その汚染を免れたキハーノが人知れず魔物達と戦ってくれていたこと。
そして元凶である魔王の居場所を突き止め、先日領主自ら参陣しての討伐が行われたこと。
黒き森に住まう妖精達が、魔王討伐の場に駆けつけてくれて、パストラー領の人々の為にと大活躍をしたこと。
その戦いの中で、シンと呼ばれる少年が奇跡を起こし、魔王討伐の立役者となったこと。
その報告会の中にシンの姿は無かった。
自らの器を越えた大魔法を使ったせいなのか、未だに疲労の全てが抜けきっていなかったからだ。
だが集まった人々は、あの先頭を行く荒馬が背に乗せていた少年のことはしっかりと覚えていて……あの少年がパストラー領を、自分達を救ってくれたのだと知って一気に沸き立つ。
当然ウィルや巡行騎士団達、キハーノやその従者チョウサや、ゴーレム達さえもが英雄として称えられたのだが、そんな中でシンだけは一段上の、特別な扱いとなってしまっていた。
ウィルがそう仕向けたのも一因だったが、ただの馬にはない風格を持つヴィルトスが、誇らしげに背に乗せていたことが最大の要因であり……そうしてシンは自分が知らない間に、パストラー領を駆け巡る噂の中心人物となっていく。
それから更に数日後の早朝。
ようやく疲労が抜けきったシンは、久しぶりの爽やかな朝を迎えることになる。
昨日まで続いていた頭痛や倦怠感は何処かへと消え失せ、全身を包み込んでいた重さがなくなっている為か、まるで自分の身体が軽くなったかのような……寝ている間にそれ程までに痩せてしまったのかという、錯覚を覚えてしまう。
しっかりと食事はしていたのになぁ……と、シンが困惑していると、ベッドの隅に寝転がっていたドルロと、妖精達がシンの様子に気付いて、シンの下へとベッドを軋ませながら駆けてくる。
「おはようドルロ、おはよう皆!」
そうシンが声を上げると、ドルロも妖精達もとても嬉しそうな表情となって、わっと歓声を上げる。
そうして皆と声を掛け合いながら着替えをし、身支度を整えていると、ドアの向こうの、屋敷の廊下が慌ただしくなり……少しの間があってから、どたどたとなんとも騒がしく誰かがシンの部屋へと駆けてくる。
ああ、この足音はウィルだなと、気付いたシンがベッドから立ち上がり、居住まいを正しているとそこに寝間着姿のウィルが駆け込んでくる。
息を荒く吐き出し、寝癖のついた髪を揺らしながら、身支度を整えた姿のシンをじっと見つめたウィルは……自分が今どんな格好をしているのかにようやく気付いたのだろう。
その頬を赤く染めて、今しがた開けたばかりのドアを、バタンと閉めてしまうのだった。
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