第56話 戦いを終えた荒野にて



 どうにかこうにか魔王を倒すことが出来たシン達は、移動することなく下馬し、荒野にて休息を取ることにした。


 人間達の疲労もあったが、目の前のとんでもない光景に付き合わされた馬達も相当な疲労を抱えているようで、一旦休ませた方が良いだろうとなったからだ。


 荒野に腰を下ろしたウィルを中心に巡行騎士団達が周囲を囲いながら馬達の世話をし、ウィルの側にギヨームが控え、シンとドルロが対面する形で座り、そしてシンの側には遊び回る妖精達の姿があり、巡行騎士団達の側には役目を終えてどこか満足気な白光石ゴーレム達の姿があり……何も無い荒野ではあるものの、なんとも賑やかな一団となっていた。


 そしてその中心で、水筒の水をごくりと飲んだウィルが、恐る恐ると言った様子で側に立つ『それら』を見上げて口を開く。


「……なぁ、シン。

 彼等はその……一体いつまでああしているつもりなのだ?」


 ウィルの言う彼等とは、魔王との戦いを終えても尚そこに居続ける三体のスプリガン達のことであった。


 戦いを終えて、ドルロが操っていた巨大ゴーレムは泥に戻し、荒れ果てた荒野の大地の埋め立てに活用したが、スプリガン達はそのまま……見上げる程の巨人の姿のまま離れた場所に立っていて……ウィルやシンのことをその大きな目でもってじぃっと見つめ続けていた。


「えぇっと、先生に聞いた話によれば、役目を終えたスプリガンはその地に恵みをもたらした後に何処かへと消え去ってしまうんだそうです。

 先程お話した、スプリガンが現れたとある国では、その全てを踏み潰した後に大いなる恵みをもたらし、その国があった場所を見違える程の豊かな大地にしたのだとか。

 ……このスプリガン達がそうしてくれるかまでは分かりませんが、僕達が妖精達に対して好意的である限りは僕達に危害を加えることはないでしょう。

 ああして見つめ続けているのも、僕達というよりかは、僕達の側にいる妖精達のことを見守っているからなんだと思います」


 シンのそんな説明にウィルは「ふむ」と一言つぶやいて瞑目し、頭の中で何かを考え始める。


 そうして少しの時が立ってから、ぱちりとその目を明けたウィルは妖精達に向けて言葉を投げかける。


「黒き森に住まう妖精達よ、今回の助力、心より感謝している。

 君達に出会ったというシンの話を聞いた時からそのつもりだったのだが、今ここで改めて宣言しよう。

 君達の住まう森は、絶対不可侵の領域とし、決して立ち入らず破壊せず、君達が穏やかな日々を過ごせるように出来得る限りの配慮をしよう。

 それだけでなく、踊りや歌が好きだという君達の為に、森の側で定期的に宴を開かせてもらうつもりだ。

 楽しく歌い、元気に踊り、ちょっとした菓子なんかも用意させておくので、気が向いたら遊びに来て欲しい。

 ……今回の件が無かったとしても、君達という存在は、私達……いや、人の親達にとっての福音であり救いなのだ。

 パストラー家が存続する限り、君達と君達の森を守り抜くことをここに誓おうではないか」


 背筋を伸ばし、表情を引き締めながらそう言うウィルに対し、シンの身体を登ったり降りたりとして遊んでいた妖精達は、こくりと首を傾げる。


 右に首を傾げ、左に首を傾げ、きょとんとした表情を浮かべる妖精達に対し、どうしてそういった態度を取っているのかに思い当たったシンが声をかける。


「えっと、ウィル様は君達にありがとうって言ってるんだよ。

 お礼に君達の森を守るし、勝手に森に入ったりもしないって。

 それとたまにお祭りを開いて、皆で歌ったり踊ったりするし、美味しいお菓子も用意してるから遊びに来てくださいだって」


 出来るだけ分かりやすく、噛み砕いたシンのその言葉を受けて、ようやくウィルが何を言いたいのかを理解した妖精達は、ぱぁっとその表情を明るくし、るんるんと空中でスキップをし始める。


<わーい! わーい!>

<おまつりだー!>

<お菓子だ! 美味しいお菓子だー!>


 そう言って嬉しさのあまりにくるりと宙を舞い、舞いながらぐんぐんとその高度を高めていく妖精達。


 そうしてスプリガンの眼前まで浮かんでいった妖精達は、スプリガンに向かってぺこりとお辞儀をし、その鼻先にちょんと軽く手を触れる。


 ゴゴゴゴゴゴゴ。


 瞬間、スプリガンの内側から凄まじい音が響いてくる。


 それはまるで大きな地震が起きたかと思う程の音で……音に続いてその身体が震え始めて、更にはびしりと大きなひびまでが入り始める。


 これは一体何事だ!


 と、その場に居た全員が驚愕し身構える中、シンとドルロだけはそのまま、座ったままの体勢でその様子をただただ静かにその様子を眺めていて……そうしてスプリガンの身体に入ったひびが完全に割れて、スプリガン達の身体が砕け、周囲一帯に四散する。


 あれだけの質量を持つ物体が四散したなら、近くいたシン達は相応の被害を受けてしまうはず……だったのだが、四散したスプリガン達の身体は、四散する中で空中に溶け込むかのように存在感を失って行って……そうして地面へと至る前に綺麗さっぱりと消え失せてしまう。


 まさかの四散と消滅と。

 その一連の出来事に、一体何が起きたのだとウィル達が唖然としてしまっていると、更なる予想外の出来事が周囲一帯に巻き起こる。


 最初に感じたのはその足の下、あるいは尻の下の違和感だった。


 もぞもぞと自分達の下で何かが蠢いている。


 一体何が!? と慌てて視線をやると、荒野だったはずの地面から若葉や小さな芽が顔を出しきて……それらが絶対に有り得ない速さでもってぐんぐんと成長していく。


 そうして荒野だった大地に緑の草が生え揃い、色とりどりの花々が咲き乱れ、何本もの立派な木までが根を下ろしてしまう。


 そんなとんでもない光景を、魔力の流れからある程度は予想していたとシンとドルロが穏やかな笑顔で見守る中、ウィル達は、


「豊かな大地になるとは確かに聞いたが、ここまでとは思わなかったぞ!!」


 と、それぞれにそんな内容の悲鳴を上げて、唖然とし、呆然とし、中にはあまりの出来事に気を失ってしまう者まで出てしまうのだった。

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