第55話 槍のように


 見事に魔王の腹を貫いた精霊蔦の槍……だったが、元々が不定形な存在だったからか、魔王にダメージを受けた様子は一切無く、ただ不快そうにその表情を歪めるだけだった。


 渾身の魔法であり、自分の力量からすればレベルが違うどころではない、完全に不相応な魔法に成功したはずだったシンは、そんな魔王の様子を見て苦々しい思いを抱く……が、その思いを表に出すことなく、次なる一手に打って出る。


 束ねていた精霊蔦を魔王の体内でほどけさせ、体内から体外に向かって成長させて、その内側から何本もの細槍でもって魔王のことを貫いたのだ。


 これが今のシンに出来る最高の攻撃であり、まさかこれ程の魔法を発動出来るなんて! と、誰あろうシン本人が驚愕してしまうような、奇跡の魔法であったのだが……しかし魔王にこれといったダメージは無く、そんなシンの頑張りを嘲笑うかのような表情を作り出してしまう。


 その表情を強く睨みながらシンは、魔力のほとんど失って馬上で崩れ……それに気付いたヴィルトスが、その力強い背と首でもって崩れたシンの身体を受け止める。


 そこにようやく馬達を御すことに成功したウィル達が駆けつけて来て、崩れ落ちつつあるシンのことを介抱し始める中……魔王の側に立っていたスプリガン達に動きがある。


 魔王の体内から突き出した精霊蔦を引っ掴んで引っこ抜き、一体につき一本ずつの槍として扱い始めたのだ。


 まるで槍術の達人がそうするかのような見事な武技で、その槍を振り回し、叩きつけ、突き立て、魔王への攻撃を加えていく。


 ……するとどうしたことだろうか。

 先程まで大したダメージを受けた様子もなく、余裕の嘲笑すら浮かべていた魔王が、露骨に焦りだし、両前足を振り回しての抵抗をし始め……そしてその身に傷を負い始めたのだ。


 一体何がどうしてそうなったのか……その答えは誰にも分からなかったが、そういうことであればと、ドルロもどうにか傷を塞ぎ、立て直した巨大ゴーレムでもって精霊蔦を引っ掴んで引っこ抜き、槍のようにして魔王に突き立てる。


 が、どういう訳かドルロの槍だけは一切の手応えがなく、傷を与えることがなく、まるで空振りしているかの如く魔王の身体をすり抜ける。


 一体何が違うのか、スプリガン達はどうして傷を与えられているのか。


 槍を振り回しながらドルロが困惑していると、スプリガン達と魔王の格闘によって発生した轟音が周囲に響き渡る中、透き通るような、不思議な響きの絶叫がドルロの下へと届いてくる。


『ドルロ! 魔力だ!

 スプリガン達はその槍、それ自体に魔力を込めているようだぞ!!

 シンは蔦を大きくするのに精一杯で、それに魔力を込める余裕はなかったようだな!!』


 それは距離からしても、周囲の状況からしても、聞こえるはずのないウィルの絶叫だった。


 一体何がどうなって……と、ドルロがその声のする方へと注意を向けると、ウィルやフィン、キハーノを始めとした、ぐったりとしているシン以外の全員が大きく口を開けて、ドルロへと向けて何かを叫んでいるようだ。


 そしてその集団の中のウィルの声だけを、ウィルの周囲に漂う妖精達が、その魔力と気遣いでもってドルロの下へと届けてくれたらしい。


 その声と、妖精達の想いと……親友であるシンの、精根尽き果てるまで頑張ったその姿を見て、ドルロは自らの体内に宿る魔力を弾けさせる。


 更に巨大ゴーレムの中に回収された白光石のゴーレム達もそれに呼応して魔力を弾けさせ……その魔力が巨大ゴーレムの握る精霊蔦の先端へと集約されていく。


 膨大な魔力を有するスプリガン達のように、蔦の全てに魔力を込めることは出来ないが、この先端に魔力を込めるくらいは自分達にも出来る。

 そして得物が槍であるならば、その先端にさえ魔力が込めてあればそれで充分な効果が得られるはずだ。


 そうして槍の先端に魔力を集約させた槍を、両手でしっかりと握った巨大ゴーレムは、スプリガン達と魔王が格闘する様子をじっと睨み……渾身の一撃を放つべきタイミングと、狙うべき場所を見定める。


 そしてそんな巨大ゴーレムの動きに気付いたスプリガン達が、巨大ゴーレムが攻撃を放ちやすいようにと、場所を譲り、魔王の正面を譲り……そうしながら魔王の身体に槍を突き立てて、その動きを鈍らせる。


 すると魔王は苦痛で表情を歪め、大きく口を開けて、腹の底から振り絞るかのような悲鳴を上げ始める。

 ……で、あればもう、狙うべきはあそこしかないだろう。


 そうしてドルロ達が渾身の一撃を放とうとした……その時。


 先程のウィルの絶叫のように、不思議な響きで、か細い声でもって……どうにか意識を持ち直したらしいシンの声がドルロの下へと届けられる。


『ドルロ、やっちゃって……!』


 心の奥底から振り絞るかのような、その声を受けてドルロは、全力の込めての一撃を、魔王の……邪竜の姿をしたそれの、大きな口の中へと突き立てる。


 すると突き出されたその槍は、まずは魔王の口を貫き、次に喉を貫き、そしてその胴体をも一気に貫く。


 そうやって魔王の何もかもを貫いた槍の穂先は、魔王の瘴気で汚染され、巨大ゴーレムや魔王やスプリガン達に踏み荒らされた大地へと、凄まじい轟音と共に突き刺さる。


 その轟音を合図にしたかのように、まず魔王が動きを止めて、次に巨大ゴーレムが、スプリガン達が動きを止めて……そしてシン達がどうなったとまばたきをすることも忘れて息を呑む中、魔王の身体が……さらさらと、乾燥しきった砂が風で飛ばされるかのように崩れ落ちていく。


 その姿を見たシン達は、本当に魔王が死んだのか、本当に魔王に勝てたのか半信半疑で、半ば呆然としたような様子で、その崩れ落ちていく様をじっと見つめる。


 そしてさらさらさらさらと、その全てが綺麗に、何も残すことなく崩れ落ち、周囲を汚染していた瘴気が、綺麗さっぱりとかき消えたことでようやくシン達は勝利を確信する。


 そうして瘴気は無くなったものの、様々な衝撃を受けたせいでボロボロになってしまった荒野に……シン達が腹の底から振り絞る、歓喜の声が響き渡るのだった。

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