第54話 精霊石
三体のスプリガンの出現に対しての魔王の対応は迅速だった。
スプリガン達の拳を受けながらも、その身に纏う瘴気を唸らせて、戦場のあちらこちらで咆哮を上げていた魔物達……魔王の分身を、尋常ではない力でもって自らの下へと引き寄せる。
そうやって周囲の瘴気全てを我が物とし、この地に広げていた呪いの全てを我が物とし、魔王が魔王本来の姿を取り戻していく。
その過程で魔王の身体に張り付いていた白光石のゴーレム達が弾き飛ばされて……ドルロとスプリガン達は一時的に攻撃を中断し、弾き飛ばされたゴーレム達の身体をその手でもって受け止める。
戦いはそうして一旦仕切り直しの形を取ることになる。
瘴気と戦い披露している白光石のゴーレム達をドルロが巨大ゴーレムの中に回収し、スプリガン達はそうするドルロを守るかのように立ちはだかり、魔王はその身を完全な形へと整えていく。
そんな巨人達の戦場を、シン達……シンとウィル、合流したギヨーム、キハーノと従者、巡行騎士団の面々は、興奮するか混乱するかしている馬達をどうにか宥めながら眺めていた。
「いやはや、参りましたな。
あの規模の戦いとなると……我らのような小人ではどうにもこうにも、手出しがかないません」
と、苦笑しながらキハーノが。
「魔力での遠距離攻撃なら可能ですが……果たして効果があるのやら。
むしろ彼等の戦いの邪魔になってしまいそうですね」
と、真剣な表情でフィンが。
「だとしても気持ちを緩めるなよ。
ドルロ達が危機に陥ったなら、たとえ無理無謀でも援護してやらねばならん」
と、引き締めた表情ウィルが声を上げる中、シンは唸り声を上げながら、何か自分に出来ることはないかと頭を悩ませる。
悩みに悩んで、それでも答えが出てこずにシンが苦悩する中……邪竜のような姿となっていた魔王は、その羽根を八枚に増やし、下半身に生えるその足を六本に増やし、ぐいと持ち上げた上半身に鋭い爪を構える腕を四本に増やして、異形としか表現出来ない身体となって、この世のものとは思えない咆哮を上げる。
喉の奥で毒液を滾らせて、更にその奥で瘴気を滾らせて、マグマが激しく唸るかのような音を含んだその咆哮は、戦場から遠く離れたシン達のことすらも怯ませるものだった。
そうして戦闘態勢へと入った魔王に対し……三体のスプリガンが同時に拳を振るう。
<うるさーーい!>
<嫌いだ! 嫌いだ!>
<スプリガン、やっちゃって!!>
馬上のシンの肩に張り付いた妖精達がそう声を上げる中、スプリガン達は次々に拳を放って……魔王は余裕のある態度でその三つの拳を受け止める。
三本の腕でもって三つの拳を受け止めて……慌てて参戦し、拳を放ったドルロが操る巨大ゴーレムの拳をも、最後の腕でもって受け止める。
三体のスプリガンの拳と、巨大ゴーレムの拳を受けとめても全く怯まず、全く揺るがず、ゆうゆうと構える魔王は、その大きな顎を開け放ち、スプリガンの横腹へと凄まじい音と共に噛み付く。
ギシギシと、ギリギリと、尋常ならざる巨木を力づくでへし折らんとする爆音が響き渡る中、他のスプリガンやドルロは慌てふためきながら攻撃を放つ。
受け止められた拳とは反対の拳で、あるいはその脚でもって、殴る蹴るの攻撃を加えるが……魔王は全く怯まず、揺るがない。
戦場のそんな光景を目にしたシンは、それが全く通用しない策であると分かっていながらも、意を決したような表情となり、片手で手綱を握り、片手で杖を振り上げ……巡行騎士団ですら持て余していた荒馬ヴィルトスへと活を入れる。
他の馬達が怯えきり、混乱しきる中、ヴィルトスだけは違ったのか、荒々しいいななきと共に駆け出して……そうしてシンは単騎で戦場へと駆けていく。
ウィルやフィン達もそれを追いかけようとしたが、馬達が中々言うことを聞いてくれず……どうにか駆けたとしても、ヴィルトスのその脚には全く追いつけそうにない。
そうしてヴィルトスと肩に乗る妖精達と共に、単騎で魔王との距離を縮めたシンは、一旦手綱から手を離し……腰に下げた道具袋の中から一つの小石を取り出す。
それは以前アヴィアナの森を去る際に拾った精霊石であった。
精霊が好む石であり、精霊の魔力が込められている石であり……シンはその石に込められていた魔力を解き放ちながら、以前バルトで耳にした、精霊の子であるというマーリンが口にしていた呪文を唱え始める。
その呪文はアヴィアナに教わったそれとは比べ物にならない程に難解で複雑で、到底自分なんかには扱いきれない代物だったが……今この手には精霊石があり、更には妖精達までもが側にてくれている。
これだけの条件が揃っていればもしかしたら……自らの全てを賭ければもしかしたら……と、シンは己の中に宿る魔力の全てを放出させる。
するとシンの持つ杖の先端がうっすらとした光を放ち、次に精霊石が光を放ち、そして妖精達が力強い光を放ちながら、何処から取り出したのか、見たこともないような不思議な形をした、何種類もの種をばらまいてくれて……そうしてバルトで見たあの魔法が、精霊蔦の魔法が発現する。
妖精達がばらまいた種から小さな芽がポンと芽吹き……それが先程のスプリガンのように力強い、太い蔦へと成長していって……いくつもの種から産まれた何本もの蔦が、ねじれながら交わり合い、一本の大きな槍のような形となって、成長する勢いそのままに、魔王の下へと突き進んでいく。
そうしてスプリガンや巨大ゴーレムの脇をすり抜けた槍蔦は、魔王の腹目掛けて突き進み……魔王の腹を一気に刺し貫くのだった。
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