第53話 妖精の戦士


 魔王の口から吐き出され続ける毒気をどうにか止めようと、魔王の顎を何度も何度も、しつこく殴り続ける巨大ゴーレム。

 そうすることでその口を閉じようとする……が、魔王は全く怯むこと無く毒を吐き出し続ける。


 そうやって周囲に毒気が充満していって……その毒気が皆の下に……シンの下に行ってしまわないかが気掛かりで、ドルロが魔王から一瞬だけ視線を外した―――その時だった。


 隙が出来るのを待っていたとばかりに、魔王がその前足を振り上げる。


 二本の後ろ足で仁王立ちになり、二本の前足を大きく振り上げ……その鋭い爪でもって巨大ゴーレムの胴体が斬り裂かれて、二度、三度、四度と斬り裂かれて、巨大ゴーレムの体が崩れていってしまう。


 すぐさまドルロは、魔力を練って立て直そうとする……が、そうはさせまいと魔王が容赦のない追撃を放ってくる。


「ドルロ!! 脱出を!!」


 毒気の及ばない遠方から魔力でもって大きくした声で、そう言ってくるシン。


 その声を受け止めながらもドルロは、脱出することなく、どうにか立て直そうと、どうにか魔王を倒そうと、抵抗をし続ける。


 この毒気を放つ魔王を倒せるのは、ゴーレムである自分達だけ。

 ここで自分達が倒れてしまえば、一体誰がこの魔王を倒せるというのか。


 絶対に、絶対にここで倒れる訳には、退く訳にはいかないんだと、ドルロが魔力を激しく燃え上がらせると……巨大ゴーレムの中で、蠢く魔力達がドルロのその想いに応え始める。


 そうして巨大ゴーレムの泥の中で蠢いたそれらは、一気に泥の中から飛び出して、目の前の魔王へと襲いかかり始める。


 それらは10体の白光石のゴーレム達だった。

 巨大ゴーレムを作り出したドルロが、運搬ついでだとその体内に飲み込んで……そうして巨大ゴーレムの中で魔力源となり、ドルロの協力者となり、一緒に戦っていたゴーレム達だった。


 ゴーレム達は小さい体ながら、懸命に魔王に張り付き、そうしながらその拳を激しく叩きつけて、巨大ゴーレムを立て直す為の時間を稼ごうと奮闘し始める。


 ……が、巨大ゴーレムでもダメージを与えられなかった相手に、その小さな体でダメージを与えられるはずもなく、魔王は自らの体に張り付くゴーレム達を意に介することなく、巨大ゴーレムへのトドメを放つ為に、その前足を大きく振り上げる。


『ミィーミミィー!』


 悔しい。

 悔しくてたまらないとドルロが声を上げる。

 このままでは自分とシンに出来る最大の、自分が最強だと思う巨大ゴーレムが魔王に敗れてしまう。


 たくさんの魔力を込めたのに、今までのシンと自分の経験の全てを込めたのに、ゴーレム達の力まで借りたのに、こんな奴に敗れてしまう。


 ゴーレムがゆえに涙は流れないが、涙が流れ出てもおかしくない程にドルロが悔しがっていると、何処からか以前に耳にした、不思議な声が響いてくる。


<だいじょうぶ?>

<泣かないで?>

<君はがんばったよ、強かったよ>


 その声にドルロがまさか!? と驚いていると、その不思議な声はさらなる言葉を紡いでくる。


<僕達は君達のことが好きなんだ>

<良い子だからね!>

<だから助けてあげるよ……スプリガンがね!>


 不思議な声がその名を口にすると、何処からか何かが凄まじい勢いで、空気を切り裂きながら飛んでくるような、そんな音が聞こえてくる。


 一体何の音だろうと、ドルロが巨大ゴーレムの中で首を傾げていると、大きな……普段のドルロよりも大きなくるみのような木の実が、信じられないような速さで飛んで来て、魔王の頭にガツンッと命中し……弾かれ毒気に汚染された荒野の大地へと落下していく。


 ドルロも、シン達も、魔王すらもが何が起きたのだと驚く中、大地へと落下した木の実は、凄まじい勢いでもって根を張り……魔王にも負けない大きさの巨木へと成長する。


 太くたくましく……樹齢何千年かと思うような、立派な姿へと成長したかと思えば、次の瞬間、その幹から二本の太い腕と、二本の大きな脚が生えて来て……木の巨人といった姿に変貌していくのだった。





「スプリガン!?」


 戦場から遠く離れた位置に避難していたシンが、その姿を見るなり驚愕の声を上げる。

 すると同様に避難していたウィルやフィンが「スプリガンとは?」との疑問を異口同音に上げる。


「……スプリガンは妖精達を守る、妖精達の戦士です。

 誰かが妖精達を傷つけようとすると何処からともなく現れて、凶暴なまでに暴れまわる巨人だと先生から教わりました。

 大昔にある国が、妖精達を捕まえようと軍を動かした際には、何百ものスプリガンが現れて、際限無く巨大化していきながら、軍どころかその国の全てを踏み潰したんだそうです」


 シンがそう説明している間にも、二つ目、三つ目の木の実が飛んで来て、魔王の頭にガツンッと命中する。


「でもなんでここにスプリガンが……?

 こんな所に妖精がいるはずが無いのに……」


 その光景を見ながらシンがそう呟くと、シンの頭の上や肩の上から<くすくす>と笑い声が響いてくる。


<居るよ、ここに居るよ>

<こっそり追いかけて来ちゃったんだ>

<ご飯を食べた後に、君達のことがどうしても気になって追いかけて来ちゃったんだ>


 そんな声と共に、暗き森で見た三人の小人達が姿を現す。

 シンの頭と両肩にがっしりとしがみつくその小人達は<くすくすくすくす>と笑い、シンの頭や体をペチペチと叩く。


「おお、おおお……これが妖精か、初めて見たぞ!」


「まさか、伝承の存在を目にすることが出来るとは……!」


 ウィルとフィンがそんな歓声を上げる中、妖精達は尚も笑い声を上げて……そうして魔王を超える程の巨人と化した三体のスプリガンに向けて大きな声を上げる。


<スプリガン! やっちゃって!>

<そいつ、嫌い!>

<森の敵、僕達の敵!>


 その声を受けて三体のスプリガン達は、その拳をぐっと握り込み、突然のことに呆然としている魔王の頭へと叩き込むのだった。

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