第51話 蠢く瘴気



『ミィーミミー!』


 そんな声と共に巨大ゴーレムが次々とその拳を振るっていく。


 真っ直ぐに振り抜き、横から殴り抜き、下から殴り上げてと、一方的に黒い巨人を殴り続けて……魔王と思われる人型の瘴気の塊はされるがまま、無抵抗のまま巨大ゴーレムの拳を受け続ける。


「う、うぉぉぉ!?

 まさかいきなり殴りかかるとは……ドルロめ、見事な一番槍だ!」


 巨人と巨人の殴り合いという、まさかの光景を前にして混乱し、困惑してしまっている愛馬を、どうにかこうにか落ち着かせてやりながら、そんな声を上げるウィル。


 するとフィンを始めとした巡行騎士団の面々が、このままドルロに手柄を持っていかれてたまるかと色めきだって、手綱を力強く操ることで馬達に活を与えて、大きくいななかせる。


 そうして騎乗槍を構え、その先端に魔力を込めることで光らせた騎士団達が、大きな雄叫びと共に瘴気の巨人の方へと駆けていくのを見て……キハーノも負けてはいられぬと大きな声を戦場に響かせる。


「これはこれは! 流石はパストラーの巡行騎士団! 全くもって見事な騎乗突撃でございますな!

 チョウサ! 私達も遅れをとる訳にはいかないぞ!」


 そうしながら騎乗槍を構えたキハーノと、そのふくよかな体を揺らしながら長剣を引き抜いた従者のチョウサは、それぞれの魔力でもって手にした武器を煌々と光らせながら、なんとも雄々しく勇敢な構えを見せながら、瘴気の巨人の方へと突撃していく。


 そんな面々を見送る形となったシンとウィルは、ウィル達を守る為にと長剣を抜き放ったギヨームと共に、戦場から距離を取る形で手綱を操って駆けていく。


 戦場で戦う者達の邪魔になる訳にはいかないと、戦場の様子を見て取れるギリギリの位置へと構えたシン達は、馬達を落ち着かせてやりながら、視線の先に広がる凄まじい戦いの様子を……緊張した面持ちで静かに見守る。


 戦いはこちら側の優勢……いや、完全に一方的な展開となっている。


 ただ大きくなっただけの瘴気の塊を、ドルロが操るゴーレムが休むことなく殴り続けていて……殴られて怯んでグラグラと揺れる瘴気の塊に、フィン達やキハーノ達が放った魔力の槍や剣が次々と突き刺さっていく。


 槍に魔力を込めながら激しく駆けて、駆けた勢いで持って槍を突き出し、そうして槍の先端から放たれた魔力の槍が、勢いと鋭さを増しながら瘴気の塊へと突き刺さって……そうして踵を返した馬達は、再度の勢いを得るために瘴気の塊から距離を取って……再度の突撃をするために瘴気の塊の方へと駆けていって。


 ……と、そんな一方的な攻撃が放たれ続ける中で、瘴気の塊は全く……不気味な程に動きらしい動きを見せてこない。


「……何なのだこの展開は、何なのだあの魔王は。

 まさかこんな戦いになろうとは……完全に予想外だ!

 一体全体、この戦場で何が起きているというのだ!!」


 そうした戦場の様子を見守りながらそんな声を上げるウィルに、シンは静かに冷静な態度で声を返す。


「……ボクにも何が起きているのかさっぱりですが、あの瘴気の……いえ、魔王の魔力は未だ健在です。

 何をされても良いように、何が起きても良いように、油断せずに構えておきましょう」


 シンのその言葉にウィルが「分かった」と頷くと、ギヨームが仰々しい仕草で頷いてから、なんとも器用に手綱を操り、シン達を守るかのように前に進み出る。

 

 そうしてギヨームの背後で静かに、油断せずにシン達が構えていると、ただ一方的に攻撃を受けていただけの魔王の体に、遠くから見ても分かるような変化が起こり始める。


 溶けたロウのような体が激しく蠢き、どろりどろりと泡立ち……そうしてその身が弾けて、辺りに瘴気を撒き散らし始めたのだ。


 そんな風に魔王の体から分離し、荒野の上へと落下した瘴気は、ぐにゃりぐにゃりと蠢くことで何かの形を型取り始めて……それを見たフィンがすかさずその瘴気へと魔力の槍を叩き込み、その魔力でもって跡形も残さず焼き払う。


「何がなんだか分からないが! させてたまるものかよ!!」


 フィンのその一声を受けて騎士団やキハーノ達が飛び散った瘴気を攻撃し始める中、巨大ゴーレムはこれ以上好きにはさせないぞ、その大きな両手を広げてから、魔王の体をバチィンッと挟み叩いて……何度も何度も叩き続けて、周囲に飛び散ろうとする瘴気を、溶ける魔王の体の中へと、奥深くへと叩き込み、抑え込む。


 巨大ゴーレムとフィン達がそうやって奮闘する中、それらの攻撃を上手く逃れた瘴気達が、フィン達の攻撃から逃げ回りながらうごうごと蠢き……形を成していって、そうしてそこに一匹の黒色のドラゴンが産まれ出る。


 他の場所でも黒色のオークだとか、黒色のオーガだとかが産まれ始めていて……その光景を見たウィルが、悲鳴のような声を上げる。


「なっ……何なんだあれは!? 魔物とはああやって産まれるものなのか!?

 いや、しかし、本にはそんなこと書いてなかったような……シン!! 一体何がどうなっている!?」


 魔物のいないパストラー領でこれまでの日々を送っていたウィルが激しく動揺しながらそんな声を上げると、同じように動揺したシンが震える声を返す。


「ぼ、ボクにも何がなんだか!?

 たそえそれが魔物なのだとしても、普通の生物のように繁殖して増えるはずなのに!?」


 そんなシン達だけでなく、瘴気を攻撃し続けるフィン達や魔王を攻撃しているドルロにまで動揺が広がっていく中……シン達のすぐ目の前に、魔王の体から弾け飛んで来た瘴気の塊が落下してくる。


 それを見てすぐさまにギヨームとウィルが攻撃を仕掛けようと長剣を構える……が、それよりも早く、今までとは全く段違いの速さで瘴気が蠢いて形を成し、黒い鱗と赤い棘を持つ、おぞましい姿をしたドラゴンへと姿を変えてしまう。


 そうして尾を一振りし、地面に叩きつけたドラゴンが……大きな咆哮と共に、シン達目掛けて襲いかかってくるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る