第50話 巨大な


 荒野の一画で、『それ』は今日も今日とて静かに眠り続けていた。


 大地の力を吸い上げて、呪いの力に変貌させてから吐き出すという、呼吸に似た活動を行いながら……ただただ静かに。


 そんな風に眠りながら『それ』は呪いの力―――瘴気をこの地に浸透させ、この地に住まう害虫共の目を曇らせ、『それ』の同類にとっての過ごしやすい環境を作り出し、そうしながら同類を各地に潜ませ、この地を一気に汚染してみせると、そんな野望を抱いていた。


 他の同類達はやたらと力押しというか、暴力での駆除と汚染を好んでいたが……『それ』はそういった方法をあまり好んではいなかったのだ。


 力押しなどは知能の足りない二流のすること。

 一流の自分は、こういう賢い手を考え出すことが出来るのだ。


 賢く、効率的に、速やかさに、完璧に。


 そうやって他の同類達が失敗し続けてきた世界の汚染を自分こそが成功させるのだと、夢の中で『それ』がそんなことを考えていると……いつもは静かな荒野の大地が、突然ズシンと揺れる。


 まるで大地が大きな槌で叩かれたかのようなその揺れに、『それ』が微睡みながら地震だろうかと訝しがっていると、更にズシンズシンと揺れが続いて……その揺れの発生源がこちらに近づいて来ているような、そんな感覚が『それ』の体を駆け巡る。


 一度だけならまだしも、二度三度と続くとなると、これは流石にただごとではないぞ、と『それ』が眠気を払いながら目を開けると……まさかの、とんでもない光景が視界に飛び込んでくる。


 丸く大きな体と、丸い頭と丸い目と大きな体を持つ、泥製と思われる巨大な……城をゆうに飲み込めるかのような巨大なゴーレムが、こちらへと向かって大地を揺らしながら歩いていたのだ。


 そのゴーレムの周囲には獣の背に乗った害虫共の姿があり、その様子を見た『それ』はその体を蠢かせながら臨戦態勢に入るのだった。




「まさかこんなにも巨大な姿に変貌するとはなぁ……。

 ……しかしこれは、いくらなんでも巨大過ぎやしないか?」


 雨に濡れた荒野の泥を飲み込んで体内に溜め込んだ魔力を活性化させて、巨大ゴーレムへと変貌したドルロから……ある程度の距離を取ったところで馬を走らせていたウィルが、そんな言葉をこぼすと、ウィルの側を並走していたシンが声を返す。


「ドルロにとって、この姿こそが『強さ』を表現したもの、なんだそうです。

 バルトでの魔王との戦いを目にしたドルロにとって……『最強』はアーサーさんで、次に強いのがあの魔王で……。

 アーサーさんの強さは流石に真似出来ないから、あの魔王の強さの真似をしてやれと、そういうことのようなんです。

 幸運なことに昨晩のうちに大雨が降ってくれましたし……これはもうやるしかないだろうとなって、皆さんが寝ているうちから二人がかりであの体を作らせていただきました」


「な、なるほど……。

 しかしだ、ただ体が大きいだけでは強いとは言えないのではないか?

 その巨大さを有効活用できなければ、ただ的が大きくなっただけという見方もできるぞ」


「その点についてはご安心ください、あの体のほとんどはただの泥なので。

 あの巨大な体はドルロの体ではなく、ドルロが操っている泥の塊なんですよ。

 ……ドルロは泥を操りながら、泥の中を泳ぎ回ったりして楽しんでいるようですね。

 たまに泥の外に飛び出しかけて慌てている姿が見えているので間違いないです」


 そう言って巨大ゴーレムの肩の部分を指差すシン。


 その指に促されるまま、ウィルがそちらへと視線をやると、肩の先からドルロがドパンッと飛び出してきて……慌てた様子で巨大ゴーレムの腕が動き、その腕の中へとドルロがドプンと飲み込まれる……というか、沈み込んでいく。


 そんな様子を見てウィルが唖然とする中、慣れているとばかりにシンが淡々とした様子で言葉を続ける。


「あの体のほとんどが吹き飛ばされたとしても、ドルロが無事ならまったく問題ありません。

 最悪敵の攻撃が、泥の中のドルロに命中しそうになったとしても、対応策はちゃんと考えてあります。

 もちろん巨大さの有効活用についても色々考えてありますし……まぁ、考えるも何も、あの大きさに潰されるだけでもすごいダメージになると思いますよ」


「それはまぁ、そうだろうがなぁ……」


 シンの言葉にそう返したウィルが、なんとも言えない表情で巨大ゴーレムのことを見上げていると、ウィルの後方で器用に馬を乗りこなすギヨームから「ギィー」との声が響いてくる。


 その声はまるで巨大ゴーレムを操るドルロを羨んでいるような、自分もそうなりたいと言っているような声であり、それを耳にしたウィルはぎょっとした表情になりながら、後方へと振り返る。


「ま、待つんだ、ギヨーム!?

 お前にはお前の良さが、らしさというものがある。

 ドルロの真似をする必要はないのだぞ!?」


 そんな悲鳴に近いウィルの悲鳴に対し、ギヨームがなんとも言えない態度を……それでもあんな姿になってみたいとの態度を示していると、一同のはるか前方を進んでいたキハーノから大きな声が上がる。


「皆様方! お気をつけください!!

 目標に変化がありますぞ!!

 黒い瘴気の塊でしかなかったアレが、まるで人かのような姿に……!

 それのあの大きさ……一体どこにあの巨体を隠していたのやら!!」


 キハーノのその声を耳にするまでもなく、魔王討伐の一行はその光景に……目の前に突如現れたその光景に、目を奪われてしまっていた。


 見えなかったはずの魔王の、報告では小さな岩程度の大きさだったはずの魔王のその姿は……シン達がバルトで目撃したあの魔王に負けず劣らずの大きなものであり、凶悪なものであり、その恐ろしさに人も馬もギヨームまでもがその身を震わせてしまう。


 ドルロに負けないほどの巨体で、一応は人の形をしてはいるが、黒い泥と言えば良いのか、溶けた黒いロウソクと言えば良いのか、ぐにょりと蠢き、ずるりと溶け崩れた体をしており……とにかく醜悪と、そうとしか表現できない何かがそこに居たのだ。


 今までに目にしたことのないような、想像したことすらないようなその姿に、シン達が恐怖で言葉を失ってしまっていると、巨大ゴーレムから大きなドルロの声が響いてくる。


『ミィー! ミミミミミ!!!!』


 そんな声と凄まじい足音と共に、黒色の化け物の方へと駆けていった巨大ゴーレムは、その拳を泥とは思えない程に固く仕上げての、力強いパンチをその化け物の顔面へと叩き込むのだった。

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