第52話 邪竜


「ウィル様! その邪竜めは毒を使います! お気をつけください!!」


 瘴気から生まれ出たドラゴンが襲いかかってくる中、何処からかキハーノの叫び声が響いてくる。


 黒い鱗に赤い棘を持つ目の前のそれは、以前キハーノが手にしていた風車の化けていた魔物の一部によく似ていて……そのことに気付いたウィルはすぐさまに声を張り上げる。


「ギヨーム! 相手が毒の使い手であるならばお前の出番だ!

 目の前の邪竜を見事に討ち取ってみせるが良い!」


 その声を受けてギヨームが剣を振り上げる中、焦ったようなシンの声が続いて辺りに響き渡る。


「ギヨーム! 馬から降りて戦って!!」


 短く鋭いその言葉にギヨームが素直に従う中、その言葉の意図を察したウィルは、口笛を吹いてギヨームが乗って居た馬を呼び寄せながら、シンと共にギヨーム達から距離を取る。


 そうして邪竜と下馬したギヨームが相対するという形が出来上がり、その後方で馬にまたがるシンとウィルと空馬が見守る中、激闘と呼ぶに相応しい戦いが幕を開ける。


『ガァァァァァ!!』


 そんな声を上げた邪竜がドス黒い色の毒液を滴らせるその棘をギヨームへと激しく叩きつけてくるが、ギヨームは全く意に介した様子もなく怯みもせずに両手で握った長剣を振り上げて、邪竜の体へと叩きつける。


『ガァァァ!?』


 剣での一撃を受けたことよりも、毒が全く効いていないことに驚いているのだろう、悲鳴のような声を上げた邪竜に対し、黙れと言わんばかりに二度三度と剣を振り下ろすギヨーム。


 そうしてその体に大きな傷が増えていく中、邪竜は口の中で何か……ドス黒いなのかを唸らせて、ギヨーム目掛けて一気に吐き出す。


 それはどうやら邪竜の体内で煮え滾らせた毒液であるようで……煮え滾った果てに煙霧のようになった毒気がギヨームの全身を包み込む。


 が、そもそもギヨームはゴーレムだ。

 人間や獣ならいざ知らず、毒など効くはずがない。


 その上その体は魔法銀混じりの黒鉄で出来ていて、いくら毒液を煮え滾らせようとも、いくら煙霧の中に熱を込めようとも通じるはずがなく……煙霧の中でギヨームは構うことなく剣を振るい続ける。


 そうやってギヨームが戦いを有利に進めていく中、巡行騎士団もキハーノも巨大ゴーレムを操るドルロもまた、その戦いを有利に進めていた。


 魔王から放たれた瘴気が魔物を産み出せば即座に騎士団とキハーノが消し飛ばしていて、魔王本体はこれ以上余計なことはさせないぞと巨大ゴーレムが叩きのめしていて……流れは完全にこちらにあり、一方的であり、そんな光景を見たウィルが安堵の表情を見せる中、隣のシンはなんとも渋く苦い表情で「うぅん」と呻くような声を上げる。


「シン、一体どうしたんだ……?

 そんな酷い表情で呻くような状況ではないだろう?」


 そんなシンの声を受けて、ウィルがそう言葉をかけると、シンは魔王のことをじっと睨みながら声を返す。


「……いえ、それが、その……おかしいんです。

 魔王が、あれだけの瘴気を撒き散らしている魔王が、全く弱っていないのが、どうしても腑に落ちないんです。

 あれだけの瘴気を、こんなに何度も続けて撒き散らしたなら、相応の力が……瘴気があの魔王から失われるはずなのに、むしろ魔王は元気になっているというか、力を増しているというか……。

 ボク達は今、本当に有利なのでしょうか……?」


 シンにそう言われてウィルもまた魔王のことをじっと睨み、その様子を観察し始める。


 魔王は巨大ゴーレムに殴られ、叩かれ、押さえつけられながらも戦場のあちこちに瘴気を飛ばし続けていて……だというのに全く弱ったような様子はなく、むしろその力を、その大きさを増しているかのようにも見える。


 ドクリドクリと蠢いて、少しずつ膨れ上がっていって……そんな様子を目にしたウィルは、シンの言わんとしていることを理解して、シンと似たような表情となる。


 そうしてシンとウィルとがどうしてなのかと頭を悩ませる中、なんとなしに空を見上げたシンは、空模様の不自然さに……空を流れている雲の不自然さに気付いて「あっ!?」との声を上げる。


 その雲は、自然が生み出した雲ではなく、酷く黒々とした、おどろおどろしい瘴気の塊であり……四方八方からこの一帯へと流れ込んで来ている瘴気の塊達が、次々と魔王の体に吸い込まれていたのだ。


「まさか、そんな……あれだけの量の瘴気、一体どこから……」


 と、そう言いかけて、シンはあることに思い至る。


 パストラー領には、その全域を覆っていた、パストラー領に住まうすべての人々の目を曇らせていた呪いが存在していたことを。


 この広大なパストラー領の全域を覆っていた程の呪いだ、そこに込められた力は相当なものだっただろう。


 そして魔王はその力を……瘴気を今、戦いの為にと回収しているというか、取り戻している最中なのだろう。


 通りで手応えがない訳だ、通りで弱った様子が見えない訳だ。

 魔王にとってはこれからが……呪いの全てを回収してからが本番だったのだ。


 魔王が全ての力を取り戻したら一体どんな化け物になってしまうのか、そんな想像をしたシンがその身を震わせていると……馬達が何かに怯え始めて、直後に大きな叫び声が周囲に響き渡る。


『ゴォォォォォォ!!!』


 魔王が放ったその声に、その場に居た誰もが驚愕する中、蠢く瘴気だった魔王が、その体を……溶けたロウのようだった体を、今ギヨームが戦っている邪竜のような姿へと変えていく。


 その姿は邪竜よりもおぞましく、邪竜よりも力強く、それでいてとても毒々しいもので……その姿を見るなりウィルが大きな声を張り上げる。


「魔王から距離を取れぇぇぇぇ!!

 ドルロ以外の者はすぐさまに魔王から離れるんだぁーー!!!」


 その声は慌てて杖を振るったシンの魔力を受けて大きく膨れ上がり、戦場の隅々にまで響き渡る。


 そうしてすぐさまに巡行騎士団とキハーノ達が魔王から距離を取り始める中、魔王の口から煮え滾る毒気が放たれ始める。


 その毒気には邪竜の比ではない程の猛毒が込められていて……その様子を見たドルロは、大慌てで巨大ゴーレムを操り、毒気を吐き出し続ける魔王の上あごに全力での拳を叩き込むのだった。

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