第39話 試作品
ウィルと共にシンとドルロが応接に向かうと、ソファに腰掛けていた男性が慌てた様子で立ち上がり、ウィルに向けて時節の挨拶をし始める。
年は三十後半か四十か、赤色混じりの金髪を油できっちりと固めて、髭は綺麗に剃っていて、細面で神経質そうで……シン達が鍛冶職人と聞いて思い浮かべていたのとは全く正反対のイメージを纏った革エプロン姿の男性は、大きな布包を抱えており、挨拶を終えるなりそれをテーブルに置いて、布を解き始める。
そんな男性の様子をなんとも生暖かい視線で見つめたウィルは、シン達をソファの方へと誘導しながらゆっくりと口を開き、男性を驚かせないようにとの気遣いなのか、穏やかで落ち着いた声を上げる。
「スミス、そんなにまでなって焦り逸る必要はないんだぞ。
この件は領主としてというよりも、私個人としての趣味での依頼になる。
ちょっとした小遣い稼ぎ程度の楽な仕事と思って、気軽にしてくれ」
とのウィルの言葉に対し、テーブルを挟んで向かい合うスミスと呼ばれた男性は驚いたような顔を浮かべてからキョロキョロと周囲に視線を巡らせて……ガシガシと頭を掻きながら言葉を返す。
「こ、これはお恥ずかしい所を……!
まさか領主様から直々にお仕事を頂戴できるとは思ってもいなかったので、ま、舞い上がってしまっていたようです。
で、ですが仕事の方はしっかりと仕上げてきましたので、ご、ご安心ください」
と、そう言ってスミスは、シン達がソファに腰を下ろしたのを確認してから、解いた布包から小さめの鉄鎧と、鉄製の腕と脚を一つずつ取り出して、テーブルの上に丁寧に並べていく。
「こ、こちらが試作品になります。
ゴーレム核を収納できる仕掛けを組んだ胸部分と、腕と脚を一つずつ。
ご注文のあった採寸より小さめに作っているのは試作品だからでして……腕と脚が一つずつなのも同じ理由です。
ご、ご確認ください」
スミスのそうした言葉を受けて頷いたウィルは、それぞれと手に取り、しげしげと眺めた後、それらを隣に座るシンへと手渡してくる。
「シン、確認を頼む」
ウィルの言葉と試作品達を受け取ったシンは、一つ一つを丁寧に、じっくりと確認していく。
胸部分の仕掛けは問題無いようだ。
開き扉がついていて、その奥に小さな小部屋があって、ゴーレム核を置く為の器のような台座があって……魔力を伝えやすくするためかその部分だけ魔法銀が使われていて、職人の気遣いを感じ取ることが出来る。
腕も全く問題が無い。
鉄そのものの質が良いのは勿論のこと、人形を参考にしたらしい各関節部分がしっかりと作り込んであり、指でつまんで動かしてみるとなんとも滑らかに、一切の抵抗無く動いてくれる。
脚もまた全く問題が無い。
関節を含めた全体が良い仕上がりとなっていて……特に足の部分にこだわりを感じる事ができる。
何枚もの鉄板を重ねて、組み合わせて作ったその鉄の足は、蛇腹状の作りとなっていてまるで人間の足のように滑らかに、柔軟に動くことが出来るのだ。
これであればどんな荒れ地でも歩く事ができるだろうし、つま先立ちやかかと立ちといった、変則的な立ち方も出来ることだろう。
問題が無いどころか全く予想もしていなかった程の良い出来上がりとなっているそれらを見て……シンは感嘆のため息を漏らし、そうしてから口を開く。
「凄いですね、これ。
細工が細かいおかげなのかとっても動きが滑らかで、それでいて頑丈に作ってありますし……思っていた以上に軽いのもとても良いと思います」
シンのその言葉を聞いてウィルは、その眉を軽く上げながら言葉を返してくる。
「ほう……軽いのか?」
「はい、とても軽いです。
まるで鉄では無いみたいな……。
あ、もしかしたら鉄以外の軽い何かが混ぜてあるのかも?」
とのシンの言葉を受けて、ウィルがスミスへと胡乱げな視線をやると、スミスは慌てふためいて悲鳴のような声を上げる。
「そ、それはですね!!
軽くなったのは結果的にといいますか、狙ってやったことではないと言いますか!
ご、ゴーレムをお作りになるとお聞きしましたので、魔力が通りやすいようにと結構な量の銀と魔法銀が混ぜてあるんですよ!!
け、結果としてはかなり軽く、柔らかくなりましたが、そ、それでも中が空洞となっている鎧などに比べれば十分な強度がありますし、も、問題無いかと思います!!」
なんとも悲痛に響くスミスの悲鳴を受けて、シンが試しにと鉄の腕に魔力を通してみると、あっという間に魔力が行き渡り、シンが触れていない鉄の腕の指先がカタカタと動いて音を立てる。
その様子をじっと見つめたシンは、何も言わずに瞑目し、魔力の流れだけに意識を集中させていく。
そうしてシンは……鉄の腕の中でも、魔力が通りやすい部分と、通りにくい部分があることに気付く。
指や関節部分といった強度が低くなりがちな部分と、何の仕掛けの無い部分では鉄の純度を変えて強度の調整をしているようで……その調整が、魔力が通りやすい通りにくいの違いを作り出しているようだ。
元々鎧とは違って、中を空洞する必要も無い訳だし……十分な魔力を蓄えたゴーレムであれば自らの意思で調整し、強度を増減させたり、修復させたりすることも出来るはず。
ならばこの造りで問題は無いだろうとの結論を出して……そうしてシンはその目を開く。
「……うん、ボクも問題無いと思います。
職人のこだわりと言うか、心遣いと言うか……良いゴーレムになって欲しいという想いが感じられます。
これならきっと良いゴーレムになってくれるはずです」
と、シンがそう言うと、ウィルが感心したような声を漏らし……いつの間にか涙目となっていたスミスが安堵のため息を漏らす。
いつの間に涙目になっていたのだろう、と驚きながら、抱え込んでいた試作品達をテーブルに戻そうとしたシンは、ふと気付いたことがあって、ソファに座るドルロへの近くへとそれらをそっと置いて並べる。
「ドルロはこの試作品、どう思う?」
泥と鉄と言う違いはあれど、ゴーレムはゴーレム。
ならばゴーレム本人に意見を聞いた方が良いだろうと思ってのことだった。
するとドルロは真剣な目付きとなってソファの上に立ち上がり、自分の体程ある大きさの試作品一つ一つをじぃっと……徹底的に見逃しのないように舐めるように見回して……そうしてから、
「ミミミミィ、ミミー! ミミミミィー!」
との声を上げる。
ドルロのことを、ドルロの仕草一つ一つをじっと見つめて、その想いを、感情を読み取ったシンは、
「どうやらドルロも気に入ってくれたみたいです」
との一言を口にして、にっこりとした笑みを浮かべるのだった。
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