第40話 新たなゴーレム


 ゴーレム使いとして名を馳せつつあるシンと、まさかのゴーレムそのものであるドルロから『良い仕事をした』と認められて……そうしてスミスは随分と張り切ってしまったようだ。


 それは二週間か、あるいは一ヶ月はかかるかと思われていたゴーレム素材造りをたったの一週間で仕上げてみせて、その日のうちに事前の連絡無しにウィルの屋敷へと持って来てしまう程のもので……良い仕事が出来たことが嬉しいのか、あるいはこれから自分の作ったゴーレム素材に心が吹き込まれるのが待ち遠しくて仕方ないのか、スミスの目には凄まじいまでの活力が満ちていて、きらきらと眩しすぎる程に光り輝いてしまっていた。


 そして……そんな無礼とも言えるスミスの振る舞いに対しウィルは、気にした様子を全く見せずに、ただただ完成したゴーレムへとその熱視線を送り続けていた。


 大柄の大人程の大きさのそのゴーレム素材は、黒鉄の騎士と呼べば良いのか、漆黒の騎士と呼べば良いのかというような黒く塗られた鉄造りの姿形をしており、関節部分などを蛇腹式の装甲で上手く覆うことで、その中身がただの鉄の塊であるのだと気付かれないような工夫が施されていた。


 これが歩いているところを見たとしても人々はまさかこれがゴーレムだとは気付かないことだろう。


 見事な全身鎧を来た勇壮なる騎士と見るに違いないその姿は、ウィルにとって理想通りであったらしく、一切の言葉が無くとも騎士に熱視線を送り続けるその表情が何よりそのことを物語っていた。


 白く輝くはずの銀と魔法銀交じりの鉄ゴーレムが、そんな風に黒くなっているのはスミスなりの工夫であるらしい。


 仕上がった部品一つ一つを、黒鉄木の炭と石獣の血を混ぜた錆止め液の中に漬け込んで、高熱で焼き付けたらまた漬け込んでを繰り返し、分厚い錆止めの層で覆ったことによる黒鉄化、ということなんだそうだ。


 こうしておけば余程のことが無い限りは錆びる心配が無いそうで、長い間をゴーレムとして活動できるだろうとのことだ。


 そして、ウィルとスミスがそんな風に目を輝かせている応接室の隅でシンは、魔力を込めた6個のゴーレム核を大事そうに抱きかかえていて、ウィルの


「……やってくれ」


 との一言を受けて、ドルロと共に黒鉄の騎士が立つ応接室の中央へとゆっくりと足を進める。


 そうして騎士の胸扉を開き、ゆっくりと丁寧にゴーレム核を納めていって……その全てを納めてから胸扉を閉じて、腰紐にひっかけていた杖を握り、瞑目して魔力を練り始める。


 するとシンの足元で、シンの様子をじっと見つめていたドルロが、トタタタッと少し離れた場所で見守っていたウィルの下へと駆けていって、ウィルのズボンの裾を掴み、ぐいぐいと引っ張って騎士の方に近づけと、その仕草でもって伝え始める。


「……ふむ? オレにも何かしろと、そういうことか?」


 ドルロのその仕草を受けてウィルは、そんなことを言いながら騎士の下へと近付いていって……その気配に気付いて目を開けたシンが、ウィルを見て、騎士を見て、そして足元のドルロを見て……ドルロのその意図に気付く。


「……ああ、そっか。

 そうだよね。この子はボクのゴーレムじゃないんだから、ボクじゃなくてこれから一緒の時を過ごす人がその気持ちを込めなければいけないんだね」


 シンのその言葉を受けて、ウィルは「ふぅむ」と唸り声を上げてから、シンに声をかける。


「気持ちを込めるとは……具体的に何をしたら良いのだ?」


「えぇっと、ボクがドルロと出会った時のように、友達になって欲しいとか、一緒に居て欲しいとか、そういう気持ちを……この子に対する気持ちを、いっぱいに込めながらこの子に触れてあげて欲しいんです。

 体の何処かでも良いですし、ゴーレム核の近くの胸でも良いですし、ゴーレム核そのものに触れても良いと思います。

 後は自分なりのやり方で、自分の想いを込めてあげてください。

 初めての挑戦で失敗するかもですが……ボクの時はそれでドルロと出会えましたので……」


 杖を構えて魔力を込めながらシンがそう言うと、すかさずドルロが、


「ミーィ、ミミミミ!」


 と、シンの言葉を肯定するような声を上げる。


 そんなシン達のそんな声を受けてウィルは「なるほど」との一言と共に頷いて、騎士の胸扉を開き、その中へと両腕をぐいと差し込む。


 そうして瞑目し、その想いをゴーレム核に込め始めたウィルを見て……シンもまた瞑目し、魔力を込めて、アヴィアナから教わった由緒正しきゴーレム造りの呪文を唱え始める。


 シンが集めた魔力がうねり、唸り声を上げて、そうして輝き、ウィルと騎士を包み込み……スミスが感動の涙を流し、ドルロが「ミミミィー!」と歓喜の声を上げて……黒鉄に魔力が宿り始める。


 黒鉄に宿った魔力は、鉄の中を流れていくうちに一つの塊となっていって、ゴーレム核に込められた魔力がそれと融合することで、魔力がまるで人間の中に流れる血液のような役割を帯び始める。


 ゴーレム核が心臓で、魔力が血液で。


 そこにウィルの想いが流れ込むことで、黒鉄の中に小さな種のような何かが産み出される。


 種が根を張り、芽を出して大きくなって、未だに人間の体内の何処にあるのだろうかという議論が続けられている『心』へと成長していって……黒鉄がゴーレムとして生まれ変わっていく。


 そして新たなゴーレムとして生まれ変わったそれが、小さな金属音と共にするりとその右腕を動かす。


 その動きはとても自然で、滑らかで、スミスの拘りとその腕の確かさを感じ取ることが出来る。


「おお……! おおおお!!

 生まれたか、生まれてくれたか! オレのゴーレム!!

 ……そ、そうだ、心は、心は持っているのか? オレにその心を示してくれ……!!」


 その目を見開いて、動き始めたゴーレムをしっかりと見て、興奮したように声を上げるウィル。

 シンとドルロがそっとその場から離れて、ゴーレムとウィルだけの二人だけの空間を作り出してやると、生まれたばかりのゴーレムは静かに右腕を動かしていって……その右腕でもってウィルの頭を、そっと撫でる。


 ウィルは今、ゴーレムに頭を撫でろとは命令しなかった。

 ということはつまり、それはゴーレムが自分で、自分の心で考えた結果の行動で、心のあるゴーレム作りは問題なく成功したと言えた。


 ……が、しかし、一体何故、どうしてゴーレムがウィルの頭を撫でたのかと、そんな疑問をシン達が抱いていると、どうしたことかウィルがほろりと一筋の涙を流す。


「……ああ、全く。そんな想いまで拾い上げなくても良かっただろうに。

 確かにオレは幼い頃から……両親を失ったあの頃から、オレを支えてくれる兄が居てくれたらと、そう願っていたが……お前がそうなる必要は無いのだぞ?」


 ウィルのそんな言葉に対し、ゴーレムはまたも優しく頭を撫でることで応える。


 思えばウィルはいつから『領主』だったのだろうか。

 シンとそう変わらない年で、ただの少年で……だけどもここで暮らす皆に慕われていて。

 その為にウィルは一体どれ程の努力をしてきたのだろうか。


 そう考えてシンは、自然に……一切の意識をせずに、心からの尊敬の念を込めて、


「ウィル様、良かったですね」


 と、ウィルのことをウィル様と、そう呼んだのだった。


 

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