第38話 礼儀作法
心を持った鉄のゴーレムを作るという目的の下、この地の領主であり貴族でもあるウィルが熟練の鎧職人と、ゴーレムそのものとなる全身鎧を調達するまでの間、シンとドルロはウィルの領主屋敷に正式な客人として滞在することになった。
質素ながら上等な作りの家具の並ぶ、シンとドルロだけが寝泊まりするには、過ぎた広さの客室をあてがわれ、中年のなんとも品の良さそうな女性使用人を世話係としてあてがわれて……毎日の食事と、毎日の入浴、おろしたての着替えまで用意してもらって、何不自由の無い、恵まれているといって良い日々を過ごすことになり……そうして一週間。
ここでのシンとドルロは、あくまでも主の客人でありゴーレム素材の準備が整うのを待ちながらゴーレム核に魔力を込めていればそれで良いという、そういう立場だったのだが……そんな立場をただ甘受するというのは、シンにもドルロにも出来ないことだった。
それは今までの旅の中で培ってきた、二人の性格や信条があってのことだったのだが……何よりもウィルという少年の在り方が影響してのことだった。
毎日毎日遅くまで領主としての、貴族としての仕事をこなし、そんな忙しい仕事の合間を縫っては客人を歓待し、そうかと思えば勉学にもかなりの時間を割いていて……一体いつ休んでいるのかと不思議に思う程の息をつく暇も無いウィルの在り方。
誰かに強制された訳ではなく、未熟な領主としてまだまだ未熟な少年として、もっともっと成長しなければとの想いでもってそうしているウィルの在り方を目の当たりにしたシン達は自然とウィルに敬意と好意を抱くようになり、そうしてウィルの在り方を見習うようになっていったのだった。
ウィルの邪魔にならないように気を付けながら執務室の片隅で仕事の見学をし、勉学の時間になったらウィルと一緒に学び、鍛錬をする。
地力がまったく違うウィルの勉学についていくのはとても大変なことだったが、それがかえってシンとドルロのやる気を増させて……ウィルもまたそんなシン達に刺激を受けて、そのやる気と活力を漲らせていったのだった。
様々なことを先人達から学ぶ勉学の時間で、ウィルが特に重要視していたのは礼儀作法についてだった。
貴族社会の中で、その年以上に若く見えるウィルと言う少年は、当たり前のように侮られ、そして蔑まれていた。
ただ侮られるだけでなく、時には酷い……文字にするのも憚られるような暴言を投げかけられることもある。
そんな貴族社会の中でウィルは『未熟な年若い少年』という自分の立場を、うまく利用することで立ち回っていたのだ。
相手がウィルを未熟な少年と侮るならば、あえて未熟な少年を演じることでその侮りを煽り、増幅させることで存分に利用し、そうしたかと思えば大人にも出来ないような洗練された礼儀作法で油断しきっている相手の不意を打つ。
自分が少年だからと嘆くのではなく、少年であることを存分に利用して、相手には無い武器として活用し、目の前に立ち塞がる敵達を叩き潰す。
今まで費やしてきた時間に裏打ちされた、大人顔負けの礼儀作法と、確かな知識量と、貴族としての確固たる覚悟は、そう簡単に揺らぐものではなく……そうやってウィルはこのパストラー領を悪辣な貴族達から守り抜いて来たのだった。
そんなウィルとの日々を過ごしたことで、ウィルとドルロはウィルとは全く比較にならないながらも、まぁまぁ見られる程度の礼儀作法を身につけつつあった。
元々実家でもアヴィアナの家でも、それなりの礼儀作法を叩き込まれていたのもあって、その上達ぶりは中々のもので、貴族を真似るには程遠いが、庶民としては十分な……十分過ぎる程の上品な所作をシンは習得していて……ドルロもまぁ、ドルロにしては、その丸っこい体にしては驚いてしまう程の上品さの習得に成功していたのだった。
そうして一週間後の昼過ぎ、ティータイム。
屋敷の庭先に設置された、テーブルについたウィルとシンとドルロが……らしくない上品な所作で礼儀作法の勉学を兼ねたゆっくりとした時間を過ごしていると、ウィル達に勉学を教えてくれていた先生であり、先代から仕えているという使用人でもある白髪の老人、ヴィクターが静かな所作でウィルの側へと足を進めていって、ウィルに何かを耳打ちで知らせる。
今日までの日々で何度か見て来たその様子を、シンとドルロが見ているのか見ていないのか、なんとも曖昧な視線と所作で受け流していると、ウィルに何かを伝え終えたヴィクターが、一言、
「40点」
と、それだけを口にして静かな所作で屋敷へと戻っていく。
100点中の40点という厳しい評価を受けて、シンとドルロががっくりと項垂れていると、そんな二人を見て小さく笑ったウィルが声をかけてくる。
「たったの一週間で、あのヴィクターから40点も貰えただけでも大したものなのだがな。
……さて、そんなことよりも朗報だ。
職人に頼んでいたゴーレム素材の『試作品』が先程届けられたそうだ。
全身鎧とはまた違った造りとなるため、まずはと試作品を用意してくれたらしい。
問題があるかどうか、オレと君達で試作品の確認をして欲しいとのことだ……早速確認に向かうぞ!!」
先程の貴族らしい所作は何処へ行ったのやら。
シンとドルロという友人を前にしての、少年らしい姿となったウィルのその一言を受けて、シンとドルロもまたシン達らしい、年相応の仕草で、
「うわぁ、どんな感じに仕上がったのか、楽しみですね!」
「ミミミ~、ミミ~~!!」
と、元気いっぱいに応えるのだった。
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