第37話 眠るゴーレム達


 体躯はシンの二倍程。

 風化しても尚、勇壮さを感じられるその体は、白光石を積み上げて作った巨人かのようで……何かを殴る為なのか、ゴツゴツとした大きな拳がその力強さを表している。


 そんなゴーレム達が、棚の上にぽんと座らされた人形のような姿勢で、隙間なくびっしりと並ぶその様子を、喜色に満ちた声を上げながらゆっくりと眺めたシンとドルロは、たまらずといった様子で駆け出して、そのゴーレム達一つ一つにそっと触れていく。


 その風化具合から最近作られたものでは無いことは分かるのだが……ならばここにいる彼らは一体いつの時代に作られたものなのだろうか。


 十年二十年ではここまで風化しないだろう。

 もしかしたら百年でも足りないかもしれない。


 三百年か、四百年か、あるいは一千年か。


 そんなにも古い時代のゴーレムが、まさかこれ程の数残っているとは……。

 

 シンとドルロはその固く大きな身体に、腕に、足に触れながら、感嘆のため息を漏らす。


「彼らはかつての英雄時代に、魔物を駆除する為に作られたゴーレム達だ。

 数え切れない程の魔物達を駆除する為、これらのゴーレム達が作られたそうなのだが……しかしいざ、稼働させてみた所、思っていた程の戦果が上がらなかったそうなんだ。

 頑丈で一日中働くことが出来て、力は強くその一撃が決まれば魔物と言えど、ひとたまりも無いのだが……その動きは緩慢で、中々攻撃が当たらず、挙句の果てに逃げ出した魔物達を駆けて追いかけることが出来ない。

 そういう訳で彼らは解体されることもなく、ゴーレム核を抜かれることもなく、ただ魔力の供給だけを絶たれて、この地に打ち捨てられてしまっていたらしい。

 そんなゴーレム達の姿を見たオレのご先祖様は哀れに思ったそうでな、出来る限りを回収して、こうして地下室に安置していた、という訳だ。

 全く無意味な馬鹿な行いだ、金と労力の無駄だと笑われもしたそうだが、それでもご先祖様は回収し続けて、この数になった、という訳だ」


 地下室の入り口で微笑ましげにシン達のことを眺めながら、そう言ってくるウィル。


 ウィルのそんな言葉を噛み締めながらシンは、瞑目し、ゴーレムに触れているその手に魔力を込めて、ゴーレム達の『中』の様子を探り始める。


 ゴーレム核と白光石との繋がりは時の流れの中で断たれてしまっているようだが、白光石に覆われて、守られるような形で眠ることになったゴーレム核それ自体に劣化や破損は無いようで……魔力は完全に無くなってしまっているものの、ゴーレム核独特の静かで透き通った、力強い波動を感じ取ることが出来る。


 そうしてゴーレム達の中で眠る核の一つ一つを確かめることにしたシンは、じっくりと時間をかけて地下室全てのゴーレム達に再度触れていって……そうしてからウィルに声をかける。


「全部で23個……皆、核は生きています。

 ゴーレムとしては一旦の終わりを迎えていて、このまま魔力を込めても動きませんが……改めてゴーレムとして生まれ変わらせれば、元気に動いてくれるはずです。

 ただ、この白光石はかなり風化が進んでしまっているので、このままゴーレムにするよりは、新しい何か……彼らに相応しい素材を用意してあげた方が良いかと思います」


 偉大なる先祖が回収し、代々大切に守ってきたゴーレム達は……ゴーレム核は生きている。

 そう聞いてウィルは、その目をパッと輝かせながら言葉を返す。


「なるほどな……!

 そして心を持つゴーレムには複数のゴーレム核があったほうが良いという話だったな。

 仮の話だが、23個全部を合わせたゴーレムを作るとなったら、それは可能だろうか?」


「んー……可能は可能ですけど、23個のゴーレム核全てに魔力を込めるとなると、ボクだけじゃぁちょっと難しいです。

 時間をかければいけないことはないですけど……かなりの時間がかかってしまいますね。

 先生のような高位の魔法使いがいても、数カ月は必要になるんじゃないかなって思います。

 それと無闇にゴーレム核を増やしても、目的が無いと魔力が無駄になっちゃうっていうか、魔力の消費効率がびっくりするくらい悪いことになっちゃうかもしれないです。

 馬一頭で引ける馬車を、十頭も並べて引くようなものと言いますか……」


「ハッ……!

 確かにそれは効率が悪いな! 水も飼葉もどれ程無駄になるのやら……!

 とすると……ドルロのように3個か? いや、オレの従者であればもう少し大きく、力強くあってほしいな……。

 そうすると……そうだな、倍の6個ならばどうだ?」


「んー……6個ならまぁ、ボクでもなんとかなると思います。

 それでも相応の時間は頂くことになりますけど、6個のゴーレム核と素材があれば……ドルロのようなゴーレム作りに挑戦することは出来ます」


「よしよし、ならば6個だな!

 後は素材か……。ゴーレムの素材とは具体的にどんなものを用意したら良いのだ?」


「えぇっと……ドルロのように泥とか、他にも砂や枯れ木や、枯れ草でも束にしたら一応ゴーレムになります。

 後は彼らのように石とか、岩とか……理屈としては練った小麦粉といいますか、パンゴーレムも出来るかもしれないですね。

 ……もしかしたら羊毛もゴーレムに出来るのかなぁ」


 何処を見ているのか、地下室の天井の、あらぬ方向へと視線をやって、その頭の中を激しく回転させながらそう言うシンを見て、くすりと笑ったウィルは、数瞬頭を悩ませてから、口を開く。

 

「ふむ……ならば鉄はどうだ? 鉄のゴーレムは作れるのか?」


「えぇっと、出来るには出来るんですが、ただ鉄の塊を用意されてもそれをゴーレムにするのは難しいです。

 ……いえ、難しいというか、ゴーレム化それ自体は簡単なんですが、ただの鉄塊をゴーレムにしちゃうと、鉄の身体自体が重くて固くて自分で動くことが出来ないというか、動こうとしはするけど動けない、残念な鉄塊になっちゃうというか……そんな感じなんです。

 なので鉄のゴーレムを作る場合には、それが可能なように加工された鉄……全身鎧のような形にした鉄が必要になります。

 全身鎧ってこう、関節の部分とか、足のつま先の部分とか、動きの邪魔にならないように、滑らかに動けるように様々な仕掛けや仕組みが用いられていますよね?

 ところどころが空洞でも構わないので、全体をそういう風に仕上げて頂いて……ゴーレム核を入れる為の小部屋を胸の辺りに作って頂ければ……出来ると思います」


「ふむ……なるほどな。

 しかし空洞か……そうなると耐久性の方が心配だな?」


「そこは……仕方ないかと思います。

 勿論空洞が無くてもゴーレムにはなるのですが……その場合、滑らかに動く仕掛けが作りにくそうですし、先程も言ったように重くなってしまいます。

 それで動けなくなっては意味がありませんし……動けたとしても魔力の消費効率のこともありますから。

 ドルロみたいにある程度融通の効く身体だと、切り離したりとかで自分で重さを調整したり、体内に空気を取り込んで動きやすくしたりとか、色々出来るのですけど……鉄となるとそう簡単にはいきません」


「なるほどな……!

 泥の身体にはそういった利点もあるのか!

 陶器のように固くなったかと思えば、その粘度を増すことでスライムのようにもなり、その上、そんなことまで出来るとはな……!」


 そう言ってウィルは、どんな素材にしようだとか、やはり鉄のゴーレムが良いだとか、重さと硬さの釣り合いをどうするだとか、どんな職人を呼ぶべきかなどいったことをブツブツと小声で呟きながら、頭を悩ませ始める。


 そんなウィルの姿を見ながらシンは、ゴーレムと深い縁を持つ目の前のウィルという少年の為にも、ここで眠るゴーレム達のためにも、良いゴーレムを作ってあげたいなと、そんな想いを強く抱くのだった。

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