第34話 その日少年は、栄えある貴族と出会った


 馬房で馬を休ませ、使った道具を洗って片付けて、そうして着替えを済ませたシンとドルロは、フィンの案内でバロニアの一番奥にあるという領主屋敷へと向かっていた。


 一体どんな出会いがあるのだろうと楽しそう軽快に歩くドルロと、ドルロとは全く逆の……重ったるいゆっくりとした足取りで歩くシン。


 そんなシンの様子に気付いたフィンが、歩を進めながらシンの方へと顔を向けて声をかけてくる。


「……シン君、どうかなさいましたか?」


 ただただシンを心配してそう言ってくるフィンに、シンはなんとも後ろめたい気持ちを抱いてしまう。


 その欲と権力でもって、シンの親友であり家族であるドルロを奪おうとしたバルトの領主。

 それと同じ領主であり、貴族でもあるパストラー領の領主と会うというのは……シンとしてはどうしても気が重くなってしまうことだったのだ。


 あの農夫やフィンや、牧場の皆がこの地の領主のことを褒めていたことを、よく思っていることを重々承知しつつも、どうしてもシンの心が領主という肩書きを、貴族という肩書きを警戒してしまっている。


 頭では悪い領主ではないのだろうという事を納得していても、心は納得出来ず安心出来ないという……なんとも複雑な心持ちとなってしまっていたのだ。


 そんなシンの心持ちをその表情から読み取ったフィンは、その足を早め、シン達の数歩前へと進み出て……そこで踵を返して跪き、胸に手を当てながらシンに真っ直ぐな目を向ける。


「……このフィンが騎士として誓いましょう。

 何があろうとも決して領主様があなた方に危害を加えることは無いということを。

 そしてもし仮に領主様があなた方に危害を加えようとしたなら騎士として剣を抜き、あなた方を守り抜くということを。

 ……ですから、どうかご安心ください」


 そういって微笑むフィンを見て、シンは慌てて駆け寄り、フィンにそんなことをさせてしまったことを謝ろうとする……が、フィンは片手を上げることで、そうしようとしているシンを制止し、ゆっくりと立ち上がって、その膝についた土を払おうともせずに、


「さぁ、行きましょう。

 領主様がお待ちです」


 と、それだけを言って、シン達を先導する形で領主屋敷へと歩を向ける。


 そんなフィンの大きな背中を見つめたシンとドルロは、お互いの顔を見合ってから頷き合い……そうしてなんとも軽い足取りでもってフィンの後についていくのだった。



 

 そうやってたどり着いた領主屋敷は、季節の彩りに満ちる景色に囲まれた、なんとも領主屋敷らしくない小振りな屋敷となっていた。


 梨の木と薔薇の生け垣に囲われた、広い芝生の庭を持つその屋敷は、以前シンが住んでいた生家よりも小さいように見えて……その石壁の独特の風化具合が如何に古い時代の建物であるかを物語っている。


 よく手入れされていて、よく掃除されてはいるようだが、風雨による風化はどうしても避けられなかったらしく……その古めかしさが周囲の景色と相まって、なんとも言えない落ち着いた雰囲気を作り上げていた。


 フィンの案内でその生け垣の内側に、屋敷の庭へと足を踏み入れると―――その瞬間屋敷の扉が凄まじい勢いで開け放たれて、そこから一人の少年が駆け出てくる。


 さらりとした真っ赤な髪と、燃えているかのような真っ赤な瞳を持つその少年は、興奮しているせいなのか、そばかす混じりの頬までも真っ赤に染め上げていて……その身に纏うウェストコートを乱しながら、シンの下へと駆けてくる。


「おお! 君があの魔王動乱で活躍したという賢才シンか!

 よくぞ我が領に足を運んでくれた! 歓迎するぞ!!」


 年の頃十二か十三か、それ相応の高い声でそう言った少年は、シンの前に立つなりシンの肩を両手でバンバンと叩き、次に腕をバンバンと叩き、その流れでシンの両手をがっしりと握り、慣れた手付きで握手へと移行する。


「うむ! 働き者の良い手ではないか!

 己の足で旅をしているだけでも感心させられたものだが、更に感心したぞ!」


 にぎにぎとシンの手を握りながらそう言った少年は、シンの足元へと視線を移し……そこからシン達のことを見上げていたドルロの存在に気付いて大きな笑顔を咲かせる。


「おお! これが心を持つというゴーレムか!」


 そう言うなり少年は、庭の芝生に両膝を突き、ドルロの手をはっしと握り握手をする。


「ミミミミ!?」


 まさか自分なんかにそうしてくるとは思ってもいなかったドルロが驚いてしまい、そんな声を上げると、少年は目を丸くして驚いてそして大いに喜んで、更に大きな笑顔を咲かせる。


「はーーはっはっは!

 確かに! 確かに君には心があるようだ!」

 今ほど「これ」と言ってしまったことを詫びさせてもらおう!

 君は確かにゴーレムで、そして心を持つ一つの生命だ!」


 そう言って少年はドルロを抱きしめて、抱きかけながら立ち上がる。


 貴族にそうされてことで、少しだけ身を固くするシンだったが……フィンを信じて何も言わず、何もせずにその様子を見守っていると、思う存分にドルロを抱きしめて満足できたのか、少年がシンにドルロを手渡してくる。


「いやいや、まったく……素晴らしいものを堪能させてもらった。

 礼を言うぞ、シン。

 ……ああ、そうだった、名乗るのを忘れてしまっていたな。

 私の名前はウィル・パストラー、英雄達がこの地に居た時代より、代々この地を治めている領主の一族の末裔である!」


 と、ウィルと名乗った少年は、両手を腰にやってその胸をうんと張りながら、そんな名乗りを上げるのだった。



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