第33話 馬


 巡行騎士の駐屯所に滞在することになったシンとドルロに対し、騎士団長であるフィンは『お客様』としての待遇を約束したのだが……シンとドルロがその待遇を素直に受け取ることは無かった。


『魔法使いは謙虚でなければならない』


 というアヴィアナのその言葉を何より大切にしていたシンとドルロは、


『お世話になるのですから、お手伝いをさせて頂きます!』


『ミミ~!』


 と、そう言ってその日のうちに馬房の片付けや、飼葉の運搬といった手伝いをし始めたのだ。



 そうして三日も経たないうちに駐屯所での生活に馴染んだシンとドルロは、駐屯所で働く人々とも騎士団員達ともすっかりと仲良くなり、馬達の世話という責任重大な仕事まで任せて貰えるようになったのだった。


 この駐屯所で世話をしている馬達は、その全てが訓練された軍馬であり……シンとドルロがこれまで出会って来た馬達とは、全く別の種の生き物かと思えてしまう程に纏う雰囲気や、顔つきが違っていた。


 独特の覇気があるというか、独特の力強さを持っているというか、体は大きく、鼻息は荒く……側に居るだけで威圧されてしまう程の『力』を軍馬達は有していたのだ。


 軍馬はただ騎士を背に乗せて走るだけでなく、人や魔物を前にしても恐れることなく突き進み、その巨体でもって敵を弾き飛ばし、その足でもって敵を踏み砕くという『武器』としての側面も持ち合わせている。


 その為、軍馬達の世話をするときは細心の注意を払って、決して背後には立たず、かといって正面にも立たず、いつでも逃げられるようにしておくようにと厳しく言いつけられていた。


 その武器の一撃をその身に受けてしまったのなら、シンもドルロも一撃で命を落としてしまうほどの威力があるのだそうで……その話を聞いたシンとドルロは素直に言いつけに従って、最新の注意をしながら真面目に、丁寧に馬達の世話をしたのだった。




 そうして……二週間後の昼食後の休憩時間。


 牧場の隅で休憩をしている駐屯所の職員達が呆れたような表情でなんとも言えない視線を、牧場内を駆け回る馬達へと向けている。


 その視線の先に居る馬達はなんとも楽しそうに、元気に牧場を駆けていて……そしてその背には楽しそうに手綱を振るうシンとドルロの姿があった。


 乗馬用の革ズボンを履いて、しっかりと手綱を握り、この牧場で一番の荒馬を乗りこなすシンと……ドルロが立ちやすいようにと独特の形に調整された鞍の上に立ちながら、器用に手綱を揺らし牧場で一番の早馬を駆けさせているドルロ。


 師匠であるアヴィアナに、お前には魔法の才能が無いと断じられていたシンだったが、どうやら乗馬と馬と心を通わす才能には恵まれていたようで、たったの二週間でそんな風に荒馬を乗りこなせるようにまでなっていたのだ。


 そんなシンの影響を魔法的な繋がりでもって受けているドルロもまた同様で、小さな体で何をどうやったらそうなるのか……もしかしたらシン以上の才能があるのではないかと思えてしまう程の腕前を見せつけていて、その光景を見た職員達は、驚きや感心の感情を通り越して、すっかりと呆れ果ててしまっていた。


「あの荒馬……誰にも乗りこなせないって話じゃなかったのか?」


「まさかこんな短期間で乗りこなすたぁなぁ、何かの魔法を使ったのかねぇ?」


「いや、シンによるとそういう魔法は一切使っていないそうだ。

 何かの感情を変えたり操ったりするような魔法は禁忌とされている上に、シンのような未熟者じゃぁまず扱えないんだとさ」


「……ってことはありゃぁシンの実力ってことか」


「あるいは馬がシンのことを気に入ってシンに合わせてやってるのかもしれねぇな」


「シンがああやってくれているおかげで鬱憤が晴れたのか、あの荒馬も最近はめっきりと暴れなくなってくれた……ありがてぇじゃねぇか」


「つーかあのゴーレムはあの小さな体でどうして落馬しねぇんだ? ありえねぇだろ、あの立ち乗り……」



 そんな会話が職員達によって繰り広げられる中、シンとドルロはなんとも楽しそうに、思うがままに馬達と共に駆け回って……そうして休むことなく休憩時間を乗馬に費やしていく。


 そうやって休憩時間があと僅かとなった折、牧場にフィンが姿を見せる。


「これは驚かされたな。

 まさかあの荒馬をあそこまで自在に乗りこなすとは……」


 姿を見せるなりそう言うフィンに、職員の一人が声をかける。


「これはフィン様、こんな時間に牧場にいらっしゃるとは珍しい。

 何かあったのですか?」

 

「ああ。領主様がお屋敷にご帰還なさってな、そのことをシン君に伝えに来たんだ。

 シン君の話を領主様のお耳に入れたところ、出来る限り早く会いたいと、そう仰ってくださって……シン君の方に問題がなければこれからお屋敷に連れていこうかと思っているのだが……」


 と、フィンがそう言うと、声をかけた職員は慌てて立ち上がり、シンに向かって大声を上げる。


「おーーい! シン! 領主様がご帰還なさったそうで、早速お会いになってくださるそうだぁ!」


 職員のそんな大声に振り向いたシンは、フィンに気付きフィンに目礼で挨拶をしてから、


「はーーい! 分かりました!

 ヴィルトスを馬房で休ませたら、そちらに向かいます!」


 と、大声を返して手綱を操り、馬房の方へと荒馬を向かわせる。


 そんなシンの後を「ミ~!」と声を上げたドルロと早馬が追いかけるのを眺めていたフィンが、抱いた疑問を職員に投げかける。


「ヴィルトスというのは……あの荒馬の名前か?」


「えぇ、シンが名前が無いと不便だって言ってつけた名前です。

 馬の方もすっかり気に入っちまって、そう呼ばねぇと機嫌を悪くすることもありますなぁ」


「……なるほど。

 あの荒馬、乗り手がいなくて持て余していたが……そういうことならシン君に与えてやるのも良いかもしれん」


「へ……? よろしいのですか? 旅人に貴重な軍馬を与えるだなんて、そんなこと」


「……シン君が旅人でなくなれば問題は無いだろう。

 シン君の話を耳にした領主様はもう既にそういう腹積もりでおられるようだ。

 なんでもシン君は、バルトで起きた魔物の大軍の襲撃の際に大戦果を上げた魔法使いと同じ名前、同じ容姿をしているんだそうでな、襲撃の後は西に向かって、つまりはここに向かって旅立ったとかで……まぁ、そういうことらしい。

 シン君が話を受けるか受けないかはまだ分からないが……そうなってくれたら頼もしい味方となってくれそうだな」


 そう言って笑顔になるフィンの言葉に、心底から驚かされたという顔になった職員は、その顔のまましばらくの間硬直して、そうしてから、


「あ、あのシン君が……。

 人は見かけによらねぇもんだなぁ」


 と、そんな言葉を吐き出すのだった。

 


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