第35話 栄えある貴族の悪い癖
ウィルと名乗った貴族の少年との邂逅と、緊張で固くなってしまいながらの挨拶をどうにか済ませて……そうしてシンとドルロは、屋敷の中へと招かれることになった。
庭を通り過ぎて玄関へと足を進め、少し古風な彫り細工のされた大きな扉の向こうへと更に足を進めて、賢羊布のものと思われる絨毯の敷かれた廊下を通って応接室へ。
テーブルと、向かい合うように置かれた二つソファだけという、必要最低限の家具だけが置かれたその応接室は、飾り気らしい飾り気の無いなんとも地味な内装となっているのだが……カーテンや絨毯、テーブルクロスなどといった品々の造りの良さが静かな高貴さを感じさせてくれて、そのなんとも言えない落ち着いた雰囲気に、シンとドルロはほのかな好感を抱いて小さなため息を漏らす。
そんな風にシンとドルロが応接室の雰囲気に飲まれている中、優雅な足取りで奥側のソファの前へと進んでいったウィルは、更に優雅な手仕草でもって、シンとドルロに向かい合うソファに座るようにと勧めてくる。
そうしてシンとドルロが覚束ない足取りでソファへと腰を下ろすと、シン達の後を追って来てくれたらしいフィンが、シン達の後ろへと控えてくれる。
ウィルと会う前に交わしたシン達を守るとの誓いをそうやって守ろうとしてくれるフィンにシンが確かな心強さを覚えていると……ウィルがその目をこれでもかと輝かせながら言葉をかけてくる。
「さて、こうして君たちを我が屋敷に招いたのは他でもない。
バルトで耳にした噂話の主人公である君達から、直接話を聞きたいと思ってのことなんだ。
あの煌めく光のバルト騎士団の長であるアーサー殿に認められたというその活躍! 是非とも聞かせて欲しい!
ああ、それと心あるゴーレムの話も聞きたいな! その上で出来ることならば私の為に一体……いや、二体か三体、心あるゴーレムを作ってくれないだろうか!
ああ、大丈夫だ! 大丈夫だ! 素材やゴーレム核についてはこちらで用意するので安心して欲しい!
無論、強制をするつもりは無いし、出来ればして欲しいという程度の願望なのだが……それでも、もしこの願望を叶えてくれたなら相応の礼をすることを約束しよう!
他にも君達がどうして旅をしているのかも聞きたいな……いや、その前に噂に名高いその魔法の腕を何処で磨いたのかを聞いてみたいな!
聞けばかなりの質の水薬を作ったと言う話ではないか!
君のその若さでそれ程の腕前とは、全く驚かされるばかりだ!
一体どんな修行をしてきたのか興味が尽きないし、その生い立ちも気になって気になって仕方がない!
……ううむ、つまりはまぁ、なんだ……私は君達のその身に起きた物語の、その全てを聞きたくて聞きたくて仕方がなくて君達を呼び付けたと、そういう訳なんだ!」
矢継ぎ早にそう言ってその目を先程よりも更に強く、爛々と輝かせるウィル。
その輝きに一切の濁りは無く、ただただ純粋な好奇心だけでそこまで目を輝かせてしまっているらしい。
そんなウィルの目に気圧されながらシンは、ウィルの言葉の意味を理解しようと、その言葉一つ一つを噛み砕いていく。
どうやらウィルはシンのこれまでを、これまで歩んで来た物語の全てを聞かせて欲しいと、そう願っているようだ。
自分のことを話し聞かせることに抵抗は無いが、これまで世話になった人々の話を他人に……このウィルに、勝手にしてしまって良いものなのだろうか。
特にアヴィアナはその静かな暮らしを邪魔されることを何よりも嫌っているし、シンとしてもアヴィアナの静かな暮らしの邪魔はしたくないと思っている。
今のシンがあるのはアヴィアナのおかげと言っても過言ではなく、そんなアヴィアナのことを語らずして、今のシンのことを語ることはとても難しいことだろう。
ならばいっそのこと何も話さない方が良いのでは無いか? と、そう思えてしまって……シンは無言のまま頭を悩ませ続ける。
するとそんなシンの様子から、シンが何を思っているのか、何に悩んでいるのかを感じ取ったらしいウィルが「なるほど」と一言を呟いてから、テーブルの下に置いてあったらしい書類箱を引っ張り出し……そこから一枚の白紙を取り出してテーブルの上に置き、一本のペンを手にとって、何やら長ったらしい文章を書き始める。
そうして文章を書き進めながら、またも矢継ぎ早に言葉を立て並べ始めるウィル。
「君にも君の事情があり、秘匿すべき情報があると、そういうことだな?
しかも君は優秀な魔法使いだ、その秘密の価値は私なんかには想像も出来ない程のものなのだろう。
……そういうことならばここで一筆、ここで耳にした君の話は一切口外しないと、私の好奇心を満たす以外の目的に利用することはないとの、誓いの文章をしたためさせて貰うとしよう!
パストラー公爵として誓いを立て、もしこの誓いを破った場合は……そうだな、バルト金貨3000枚を支払うとしよう。
……なぁに、安心したまえ、我が家にそんな大金をホイホイと動かす財力は無い。
つまりこの誓いは決して破ることの出来ない、絶対の誓いという訳だな。
……ああ、そうだな、同席している以上はフィンにも誓って貰わないと意味が無かったな。
そういう訳だ、フィン。君もここに一筆したためたまえ」
恐らくそれはウィルの癖なのだろう。
凄まじい早さで回転し続ける彼の頭が、シンがどういった回答を寄越すのかを予測し、その予測を下に次の言葉を並べてしまうという……なんとも困った癖。
そんな困った癖をその一身に受けることになったシンは、一心不乱に文章を書き進めるウィルのことをじっと見つめて、思わずといった感じでにっこりと微笑んでしまう。
ウィルの言葉一つ一つには、一切の悪意がなく、むしろシンとドルロに対しての大きな敬意と好意が感じられて……あらゆる意味で貴族らしくない、ただただ真っ直ぐで純粋で素直なウィルの態度に、シンもまた大きな敬意と好感を抱いてしまっていたのだ。
そうしてシンは目の前の彼のことを、貴族としてではなく、歳近い一人の少年として見るように、接するようになっていくのだった。
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