第28話 第一章エピローグ その2



 ――――アーブス



「ああ、こうしちゃいらえねぇ。

 シンの所に行ってやらねぇと……!」


 真実を知って号泣し、存分なまでに号泣して……そうして泣き止んだアーブスがそんな声を上げるながら立ち上がる。


 そうしてシンに会う為に、バルトに戻る為に、森の中へと駆けていこうとするアーブスの腕と脚に周囲の木々の枝が巻き付いて、そうはさせまいと妨害してくる。


「悪いけどシンの下には行かせられないよ。

 あの子は自らの意思で旅立つことを選んだんだ……そんなあの子の邪魔をさせる訳にはいかないからね」


 手にした箒を杖のように振りながらそんな厳しい声を上げるアヴィアナ。

 腕と脚を拘束されたアーブスはなんとか振り返り、アヴィアナの顔へと鋭い視線を送りながら大声を返す。


「邪魔ってなんだよ!?

 俺ぁただあの子のジジイとしてあの子の側に居てやろうとだなぁ……!!」


「ふざけんじゃないよ!!

 こんな老い先短いジジイとババアが家族だと知った所で、あの子にとっては足枷にしかならないんだよ!

 旅に出て、世界をその目で見て……そうして大きくなろうというあの子の邪魔だけはさせないからね!!」


 アーブスの大声に対し、それ以上の大声でもってそんな言葉を返したアヴィアナは、箒を振るい、木々の枝を操り、そうしてアーブスを我が家へと連れ込んでいく。



 以降しばらくの間、アーブスはその行方をくらませることになる。

 何週間かの後に、バルトへと戻って来たアーブスの胸元には、既婚者であることを示す真っ赤な宝石付きのピンの姿があり、そのピンを見た酒場ホガースの常連客達が大いに驚き大いに騒ぐことになるのだが……それはまた別のお話である。



 ――――シンとドルロ



 領主の動向をアーサーから知らされたシンとドルロは、領主の魔の手から逃れる為に急ぎ出立の準備を整えていた。


 そんなシンを手伝うためにと、アーサーを始めとした騎士団の面々が手を貸してくれていて、あっという間に支度が整っていく。


 元々いつかは旅に出るのだからと準備をしていた為、寮の部屋には余計な荷物は存在しておらず、余計なゴミだとかも無く、あっという間に片付けが終わって……旅に必要な品々も騎士団員達が総出で買い揃えてくれた為にあっという間に荷造りが終わる。


 頑丈な賢羊布の靴下に、何着かの下着などの着替えに、雨除けのフード付きマントに。

 

 ロープやナイフといった雑貨達に、騎士団の皆が当面の食料にと焼いてくれた、革袋いっぱいに入ったくるみやフルーツ入りのパンに。


 アヴィアナ手製のいつもの白いローブを身につけて、騎士団員達が用意してくれた靴下やマントなどを身に着けて、愛用の背負い鞄に詰められるだけの物を詰めて背負い……パン入りの革袋と樫の杖を両手でしっかりと持つ。


 そうして旅支度を整えたシンとドルロは、騎士団の面々に護衛されながらバルトの西門へと向かって駆けていく。


「これからの季節、旅をするなら西に決まってらぁな、見どころもあるし、何より気候が落ち着いていて過ごしやすいんだ」

「あそこの領主は中々の好人物だって話だしな」

「だがまぁ、貴族ってのは怖いもんだから十分に気をつけろよ」


 駆けながらそんな言葉達をかけてくれる騎士団員達。


 シンはその一人一人に「ありがとうございます、ありがとうございます」とお礼の言葉を返していく。


「旅を終えたら、またバルトに遊びに来てくださいね」

「ああ、飽き性のバカ領主のことだ、何ヶ月かすりゃぁ綺麗さっぱり忘れているだろうさ」

「……はは! その頃には別の領主となっているかもしれないけどね!!」


 なんてことを言ってくるガラハ、アーサー、マーリンにもシンはお礼の言葉を返し……そして、


「新しい領主はアーサーさんが良いと思います! 何しろこの町で一番格好良くて一番強いんですから!!」


 なんて、冗談めかした言葉を言ってみせる。


 シンのその言葉を受けて騎士団の面々が大笑いし……それから数瞬遅れて驚いた顔をしていたアーサーもまた大きな笑い声を上げる。


 今日でこの力強くて優しくて、頼りになるからか思わず憧れてしまう、大好きな人々と別れなければならない。


 明るくて活気に満ちていて、逞しくて熱気に溢れたバルトからも離れなければならない。


 そう思うと悲しくなり、寂しくなってしまうシンだったが……しかしそれによって涙が流れることは無かった。


 心の準備は前々からしていたし……何より悲しさや寂しさよりも、これから始まる旅への期待感の方が大きく、楽しみにする気持ちの方が大きく……期待に弾み、楽しみだと華やぐシンの心が、悲しさや寂しさといった感情に押し勝っていたのだ。


 そんな自らの心の変化を感じ取って、


(ボクも少しは成長したのかな?)


 なんてことを思うシン。


 そんなシンの足元では、懸命に小さな足で駆け飛びながら、シンの心の変化を、成長を喜んで「ミー! ミミミー!」と喜ぶドルロの姿があり……そんなドルロの姿がシンの心をより一段と励ましてくれる。


 そうしてシン達が西門へとたどり着くと、それを待っていたらしい西門担当の騎士達が、街道を行き交っていた人垣をかき分け、シンとドルロの為だけの道を作り出してくれる。


 シンと共にこのまま駆けて行きたい気持ちはあるのだが、立場上そうする訳にはいかないと、駆ける足を止めて少しずつシンとドルロの側から離れていく騎士団の面々。


 そうした面々の方へと振り向きながら……それでもシンとドルロは足を止めること無く、西門へと、西門の向こうへと駆け進んでいく。


「皆さん、ありがとうございました!!

 またいつか戻って来ますから、それまでお元気で……行ってきます!!」


「ミミミ、ミミーーー!!」


 駆けながらそんな大声を上げるシンとドルロ。

 そんなシンとドルロに向けて騎士団員達が、なんとも凄まじい応援と送り出しの雄叫びを上げ始める。


 それらの声に背を押されたシンとドルロは今までにない良い笑顔となって、何処までも明るく笑いながら西へ西へと、街道を駆けていくのだった。



 ――――何日かが過ぎて、バルトの迎賓館、来賓宿泊室


 

 ここ数日、バルトの領主屋敷では近隣の貴族達を集めての大体的な祝勝会が行われていた。


 その祝勝会には、凄まじいまでの魔物群を倒すに至ったバルト騎士団の精強さと、その騎士団を抱えるバルト領主の優秀さを見せつけることで、より一層の投資を引き出そうとするそんな意図が込められていて……その豪華さは大陸一のものといっても過言では無く、そうしてここ数日のバルトはいつにない賑わいを見せていたのだった。


 そんな祝勝会に参加していた貴族の一人……西の―――の少年は、まだ昼時だというのに早々に祝勝会を切り上げて、自らにあてがわれた迎賓館の宿泊室へと戻っていた。


 重ったるい装飾がこれでもかと付けられた服を脱ぎ、それを豪華な装飾のされたベッドの上へと投げ捨てる少年。


 そうして少年は大きな溜め息を吐き……嫌悪感のこもった声を吐き出す。


「全く、何なんだあの悪趣味な宴は、金の無駄遣いにも程があるだろう。

 それに領主のあの顔……不機嫌さが全く隠せていなかったぞ?

 アーサー殿はあれ程の笑顔だったというのに……全く何なんだ、あの男は」


 そんな少年に対し、近くに控えていた白髪の老人が言葉を返す。


「これはまだ噂の段階なのですが……どうやらバルト領主殿は、ご執心だった宝を取り逃してしまったそうで、それであのように不機嫌になっているようですな」


「宝だと? 一体何を取り逃したというのだ?」


「それがどうも、件の『魔王との戦い』の際に、アーサー様方を支援した一人の少年魔法使いがいたとかで。

 その活躍を聞きつけた領主殿は、その魔法使いが使役していた『心と知恵を持つゴーレム』とその魔法使いが作り出した『高品質な水薬』の制作法を欲し、奪おうとしたようなのです。

 ですが、魔法使いは領主殿の企みを事前に察していたらしく、領主殿の手勢が動く前にバルトから逃げ出してしまい……そうして宝は領主殿の手の届かぬ所に行ってしまったと、そういう事のようです」


 老人のその話を聞いて、少年はなんとも呆れたという顔になり「ハッ」と小さな嘲笑を漏らす。


「全く愚かにも程があるな。

 ……いや、欲深もそこまで行けば見事と褒めるべきか?」


 そんな少年に対し、目を細めた老人が問を投げかける。


「では……そのゴーレムと水薬の製法を欲したとして―――様ならばどういう手をお選びになられましたか?」


「ハッ……そんなことわざわざ言うまでも無いだろう?

 相応の礼を尽くし、出来うる限りの尊敬の念を持って、オレの為にゴーレムを作ってくれと、水薬の製法を教えてくれと願い出れば良いのだ。

 そのゴーレム……心を持つというのならば奪うという手は下策中の下策だろう。

 そんなことをすればその心が壊れてしまうか、その心によって深い恨みを持たれるかのどちらかだ。

 だったら奪いなどせずに、素直にその魔法使いに頼み込んで作って貰えば良い。

 そもそもゴーレムは人工物、ゴーレム核さえあればいくらでも製造出来るのだからな。

 水薬の製法についてもそうだ、相応の礼をつくし、相応の対価を払って教えを請えば良いだけの話だ」


 そう言って一旦言葉を切った少年は、満足そうに頷く老人の顔を見てから、言葉を続ける。


「……貴族の特権という物は、持っていることに意味がある、

 持った上で振るわず、特権に頼らずに事を成す。

 そうしてこそ領民の、守るべき民達の尊敬を集められるというものだ。

 特権だけに頼り、特権ばかりを振るう暴君になど、一体誰が付いてくるというのか」


「全くその通りでございますな」


 何度も何度も頷き、そう言ってくる老人に対し、なんとも自慢げな表情を返した少年は、一度だけ頷き返し……そうして窓の外を見て小さく呟く。


「……しかしその少年魔法使いとやら、気になるな。

 もし会うことが出来たなら、話を是非に聞きたい。

 その上で、ゴーレムを作って貰って、製法を教わって……いっそのこと家臣として雇うことが出来たなら、あの馬鹿領主への意趣返しにもなるし、さぞ痛快だろうに。

 ……その魔法使いが何処に逃げたのか、情報はあるのか?」


「……いえ、残念ながらそこまでの情報はまだ入手できておりません」


「……そうか。

 西の、我が領地に逃げてくれていれば……というのは些か都合が良すぎるかな」


 そう言って少年は、小さな呆れ混じりの溜め息をゆっくりとその口から吐き出すのだった。


 

 ――――第一章 完

 

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