第29話 西へ


 バルトの西門から街道へと出て、西へ西へと進んでいった先に待っていたのはなんとものどかで静かな、落ち着いた光景だった。


 街道の両脇には、何処までも続いているかのような果ての見えない草原が広がっていて、草原の中に時折、農園や牧場などを見かけることがあり、街道からその農園など向かって枝道が伸びていっている。


 そんな風に道が枝分かれする度に、通行人の数は減り、街道は細くなっていって……街道それ自体も、古びたものとなっていく。


 バルト近くの街道は手入れが行き届いていて、何度も修繕が行われているのか真新しい石畳や石壁がそこかしこにあったのだが、バルトから離れれば離れる程に街道の石畳は苔むして、大きな穴なども空いてしまっていて……街道脇の石壁も崩れていたり、苔に覆われていたりと、いかにも手入れがなされていない風情だ。


 壁の向こうの草原には誰かが飼っている動物なのか、野生の動物かも分からない動物たちがそこかしこに居て、それぞれに草を食んだり寝転がったりと、彼らなりの日々の営みを育んでいる。


 そうしたなんとも言えない、味わいのある光景はシンにとってもドルロにとっても見心地の良いもので……二人はそれらの光景に目を奪われながらのんびりと、街道をポクポクと歩いていた。


「なんだか、とってものんびりした所だね。

 賑やかだったバルトとは全く正反対だよ」


「ミィ~~!!」


 そんな会話をしながら、二人がポクポクと歩いていると、二人の後方からガラガゴトンガトンと騒がしい、凄まじい音が響いてくる。


 その音に引かれて二人が振り向くと、そこには一匹の馬が引く荷馬車の姿があり……先程から響き続けているこの大きな音は、その幌馬車が手入れのされていない街道を進んでいるが為の音であるようだ。


 そんな馬車の姿を見たシンとドルロが、馬車に道を譲るため街道の端へと寄っていると、馬車の御者台の上から、それらの音に負けない大きな声が響いてくる。


「魔法使いの旦那様~! こんな田舎道を歩いて、何処まで行かれるおつもりですか~!」


 年の頃四十か五十か。

 麦わら帽子をかぶり質素な服を着た、恐らくは農夫と思われる男にそう言われて、シンもその声に負けないような大きな声を返す。


「当ての無い旅ですので、行ける所まで行くつもりですー!!」


「そりゃぁそりゃぁ、ご苦労さまなことで~!

 しっかしここから先は当分の間、町もねぇ何もねぇ田舎道です~! そんな風に歩いてちゃぁすぐに夜に飲まれてしまいます~! どうですか~、荷台が空いているので乗っていきませんか~!」


 農夫にそう言われて、シンはありがたいと思うと同時に小さな警戒心を抱く……が、農夫はこれといった武器を所持しておらず、また荷台にもそうした荷は見当たらず、ただ野菜などが入っていると思われる麻袋が何個かあるのみ。


 農夫自身を見てみても、穏やかな優しそうな表情を浮かべた、細腕の老人であり……悪巧みをしそうな人物とはとても思えない。


 そうしてシンはドルロの方をちらりと見て、目配せでもってドルロと相談を交わし……ドルロの『自分も大丈夫だと思う!』との仕草を受けて、シンとドルロは農夫へと大きな声を返す。


「ありがとうございます! ご迷惑でなければお邪魔したいです!」


「ミミー!!」


 すると農夫はにっこりとした笑顔を浮かべて「どうぞどうぞ」と朗らかな声を返して来て……そうして馬を丁寧に御して荷馬車の速度を緩めて、シン達が荷台へと乗りやすいようにしてくれる。


 まずはドルロを持ち上げて荷台に乗せてやったシンが、荷台へと上がり、御者台の近くに丁度良い隙間を見付けてそこに座ると「へっへっへ」と笑った農夫が馬車を進め始める。


「へっへっへっへ、いや~いや~、嬉しーいですなぁ。

 これで久方ぶりの麦酒にありつけまさぁ~」


 馬車を進めながら大きく笑い、そんなことを言う農夫。


 その言葉を耳にしたシンは、首を傾げながら農夫へと声をかける。


「あのー、麦酒にありつけるとは一体、どういうことなんですか?」


「……へい? どういうことも何も、旦那様と出会えたおかげで麦酒にありつけるっちゅー話で……。

 あっ、さては魔法使いの旦那様……ここいらの風習をご存知無いのですかい?」


 馬車を御しながら首を傾げながらそう言ってくる農夫に、シンは「全く知らないです」との言葉を返す。


 すると、農夫は「へっへへっへ」と笑ってからその風習についての話をし始める。


「ここいらには全く、旅人様を歓迎する為の宿だとかがねぇんでさぁ。

 下手をすれば何日かは野宿をしなくちゃぁならねぇ有様でして……。

 とはいえ行商人様や旅人様はここいらにとっちゃぁ欠かせない、ありがたい存在ですんで、領主様の旗振りで、旅人様を見たら助けよ、歓迎せよ、世話をせよっちゅー、法というか風習というかが作られたんでさぁ。

 しかしただ世話をしろ助けろといっても、それだけじゃぁ人は動かねぇってんで、旅人様方を助けたり世話をしたりしたモンは、麦酒だとか、腸詰め肉だとか、小麦粉袋だとかを、その行い相応の量、領主様から頂けるっつーことになったんでさぁ」


 そう言ってシンの方へと振り向いて、ニカッと笑う農夫。

 その顔は本当に嬉しそうで、心から喜んでいるかのようで……そんな笑顔につられてシンもまた笑顔になってしまう。


「旅人様を馬車に乗せて運んだとなりゃぁ……麦酒を抱え壺一杯か、二杯……いや、三杯は貰えるかもしれねぇんです。

 そんだけの量があったらもう、家族皆でお祭り騒ぎができまさぁ」


 そう言って農夫は視線を前方へと戻し、馬車を御することに集中し始める。


 そうして事故無く夜更けぬ飲まれることなく、シン達を無事に運んでみせると意気込んで見せた農夫は、手綱を操り馬にその意思を伝えて、馬車の速度をゆっくりと、少しずつ上げていくのだった。


 

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