第27話 第一章エピローグ その1
あれから数日が経って、シンとドルロはいつも通り……とは少し違う、なんとも賑やかな日々を過ごしていた。
魔物達との戦いに勝利し、様々な素材が流通し、バルトそのものが活気付いて賑やかになっているというのもその賑やかさの理由の一つではあったのだが……それよりも何よりもシンの周囲が賑わっている理由は、シンとドルロの名がバルトの人々に知れ渡ったからであった。
あの極度の女好きで知られる……女性にだらしなくて女性にだけ優しい顔をするマーリンに認められた男の子であり、あの剛勇たる騎士団長アーサーに認められた男の子であり……新たな商売の可能性を秘めた美味しい水薬を作った少年魔法使いシン。
そのシンが作った心を持つゴーレムで、今回の戦いで活躍し『泥塊のドルロ』との二つ名を得たドルロ。
そんな二人をひと目見ようと、あるいは商売の為の交渉をしようと、何人もの人々がシン達の下を訪れて来ていて、そうしてシンとドルロの日々は賑やかになっていたのだった。
とは言えシンからしてみると、大活躍だった騎士団に対し、自分のしたことはとても小さな……あっても無くても大した影響の無かったであろうものでしか無く、それによってここまでの評価を得てしまうというのは、なんとも申し訳ないやら居心地悪いやらで、素直に喜べるものでは無かった。
アーサーを始めとした騎士団の面々が気にするなと言ってくれて、シンの水薬とドルロの活躍を褒めてくれることによっていくらか慰められはしたが……それでもシンの心にちょっとしたしこりが残ってしまうことになる。
そんなシンに対し、アーサーは、
『そんなのは気にしなくて良いんだぞ? シンはそれだけの、評価されるだけの事をしたんだからな。
それでも、どうしても噂のほうが大袈裟過ぎて気になるって言うのなら、修行して己を磨いて、噂に相応しい立派な人間になれば良いだけの話だろう』
との助言をしてくれて、そうしてシンはパン屋で懸命に働きながら、暇を見つけては魔法の修練をするという、そんな日々を過ごしていたのだった。
シンが修練の日々を送る中、ドルロはドルロなりに己を磨く日々を送っていた。
とはいえ、ドルロはシンのように修練をすることは出来ない。
新しく得た二つのゴーレム核の力もあの戦いで使い切ってしまった。
ならばどうするのか。
……その答えはより質の良い泥を見つけて、自らの体をより質の良い、磨き上げられたものとする、というものだった。
バルトの中を散策し、焼き物工房などを見つけては足を運び、そこの泥を見せて貰い、その質を確かめる……そんな毎日をドルロは過ごしていたのだった。
泥塊のドルロの存在は既にバルト中に知れ渡っており、またその見た目の愛くるしさもあって、そうやって毎日バルトの中を練り歩くドルロの存在は、バルトの人々に受け入れられていた。
毎日のようにバルトの街道を歩くドルロに、毎日のようにドルロの名前を口にし、挨拶をする人々。
そんな人々に「ミー! ミー!」と元気に手を振って挨拶を返すドルロの姿は、ちょっとした見世物のような人気を獲得するまでに至っていたのだった。
――――アーサー
そうして日々が過ぎていく中、騎士団長であるアーサーは魔物達との戦いとの事後処理をする為、バルトの領主屋敷へと足を運んでいた。
バルト中央部の一等地に建つ、バルトで一番豪華で贅沢な作りをした、マーリンが曰く『バルトで一番悪趣味な屋敷』へと。
領主へと渡す書類の束を抱えて、いくつも絵画と、いくつもの芸樹品と、魔法で作られたであろう季節外れの花々が活けられた花瓶の並ぶ廊下を歩き、大理石の板が貼り付けられた階段を上り、隙間なく敷き詰められた真っ赤な絨毯を踏みしめて……そうして領主の部屋まで後数歩という所まで行って、そこでアーサーは領主の部屋から漏れ聞こえてくる、誰かと会話をする領主の濁り澱んだ声を耳にしてしまう。
『―――心を持つゴーレムだと―――。
欲しいな―――ならば金で解決しろ―――。
断られるかも? ―――ならば力づくで奪えば良い。
そいつも拘束して―――水薬を量産させて―――』
その途切れ途切れに聞こえてくる言葉の意味を理解してアーサーは深い溜め息を吐く。
商業都市バルトの領主、商業を深く理解し、経済を良く知る……この大陸一の欲深男。
清濁を併せ持ち、広い視野を持ち、欲をかきすぎなければ領主として戴くに中々悪くない男なのだが……欲をかき始めたが最後、どれだけの金を使ってでも、どんな手を使ってでも、欲した物を我が物にしようとする最低最悪の下衆と化してしまうのだ。
あるいはそうでなければこの欲望渦巻く商業都市バルトの領主など務まらないのかもしれないな、なんてことを考えながら、アーサーは手にしていた書類をその場に放り投げ、豪華な装飾のされた窓を強引に開け放ち、領主屋敷の窓から……領主屋敷の四階から宙へと舞い飛び、屋敷の庭にある趣味の悪い銅像の頭を蹴り、領主屋敷の門を蹴り、そうして街道へと降り立って、街道を凄まじい速さで駆け始める。
好きにはさせないぞバカ領主、あの子達の笑顔を曇らせるものか。
そんなことを考えながらアーサーは、大きな笑顔を浮かべガッハッハ! と笑い声を上げながら、シン達の下へと駆けて行くのだった。
――――アーブス
魔物達との戦いがあったあの日、いざとなれば自分も戦うぞと我が家の倉庫で支度を整えていたアーブスは、ある光景を目にすることになる。
空の上で魔力が迸り、魔力の電光が生まれるなりにその輝きを増し、そうして轟いた雷鳴が壁の向こう、戦場の方へと落ちる、そんな光景を。
何処かで見た覚えのあるその光景を見たアーブスは激しく興奮し、その身を震わせることになる。
この魔法は……この雷鳴はアイツの、愛しのアヴィアナの魔法に違いない、と。
そうしてバルトの誰もが壁の向こうへと、魔物達の方向と騎士達の剣戟が響いてくる方へと意識を向ける中、アーブスは空へと意識を向けて……空を舞う一本の箒を見つけ出すことに成功する。
その箒の上には、優雅に腰掛ける老女の姿があり……それを見たアーブスは武器も何もかもを投げ出して、倉庫の扉を閉めるのも忘れて駆け出してしまう。
用事は終わったとばかりに空を舞い、戦場を離れ、バルトからも離れようする箒。
空を見上げて、そんな箒を決して逃さぬようにと上を向いたまま駆け続けるアーブス。
その結果、何度も転び、何度も建物などにその体をぶつけてしまうが、それでもアーブスは諦めることなく、駆けて駆けて、アヴィアナを見失わないようにと空を見上げながら駆け続ける。
バルトの南門を出て、街道を走り、森へと駆け込み、空が見えなくなり、アヴィアナを見失ってしまっても、それでも尚まっすぐに駆けて……駆け続けて、そんなアーブスを邪魔するかのように生える木々を交わし、密集する木々の隙間をどうにかすり抜けていく。
自らが老いてしまっていることも忘れて、若い頃を思い出し、その老体に鞭打つアーブスは、そうしてついに森の中に佇み家へとたどり着くことに成功する。
その家の玄関の前には箒を杖のように構えて堂々と立つ老女の姿があり、その姿を見るなりアーブスはボロボロと大粒の涙を流し始める。
「……ああ、まったく相変わらずアンタは馬鹿なんだねぇ」
老女のその言葉にアーブスの涙はより激しさを増していく。
「お、おぼへて、いたのが!?」
涙と鼻水と、しゃっくりのせいで普通に喋ることの出来ないアーブスに対し、アヴィアナは大きなため息を吐く。
「アンタみたいな大馬鹿、忘れられる訳ないじゃないか。
……あ~あ~、全く。アンタが馬鹿なせいで、あの子まで馬鹿になっちまった。
はぁ~~、馬鹿の血ってのは受け継がれちまうもんなんだねぇ」
アヴィアナのその言葉の意味が分からず、一瞬呆然となるアーブスだったが……少しの間の後に電光のようなひらめきがあり、そうして腰を抜かしてしまい、腰を抜かしながらドタバタと両手を暴れさせて、縋り付くようにアヴィアナの下へと向っていくアーブス。
「ま、まざか、まざかあの一晩の、あの時に俺の子供が!?」
そう言って涙を拭い、鼻をすすり、深呼吸し、どうにか自らを落ち着かせて、そして先程よりも大きい、何倍もの興奮に包まれたアーブスが大きく口を開けて言葉を続ける。
「今、あの子つったよな、血がどうのつったよな!?
ってことはまさか……シンは、俺の……!?」
「はっ……アンタの娘は母親の忠告を無視して、この森から出ちまって外の病にやられちまうような大馬鹿だったよ。
その忘れ形見も、全く……アンタの血を受け継いだせいであのざまだ。
はぁ~~全く、一晩だけにしても、もうちょっとマシな相手を選ぶべきだったかねぇ」
どうにかアヴィアナの下をたどり着いたアーブスに対し、そんな言葉を投げかけるアヴィアナ。
その言葉を受けてアーブスは、自らの腰を殴り、脚を殴って活を入れて立ち上がり、そうしてアヴィアナのことを抱きしめながらわんわんと声を上げて……まるで子供かのように号泣してしまうのだった。
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