第20話 それぞれの準備と鬨の声


 薬草。

 魔力を吸って育つ特別な薬効を持った植物の一種。


 薬草それ自体を口にするか、治療箇所に貼り付けるか、もしくは焼き蒸してその煙を浴びるか……などなど、様々な使い方でその薬効を発揮する薬草は、特に水薬という形で摂取するのが良いとされている。


 薬草を煮込んでその薬効を煮出し、煮出した液体を更に煮込み、濃縮させることでその薬効が格段に高くなるのだ。


 そうした工程の途中で、魔力などを加えることでその薬効はより高くなり……腕の良い魔法使いが上質な薬草を使って作った水薬は、時に切断された四肢でさえも再生させるとまで言われている。


 アヴィアナならばまだしも、シンの腕でそこまでの水薬を作ることはまず不可能なことだったが、それでもパン職人達の……南下してきているという魔物達と戦う事になるであろう騎士達の傷と疲れを、僅かでも癒やし手助けが出来るのならばと、そう考えてシンは水薬を作りに着手したのだった。



 まずは薬草を天日に干してパリパリになるまで乾燥させる。

 乾燥したなら手で優しく握り砕き、薬研を使って更に細かく砕いていく。


 葉の筋が無くなるまで砕いたら、厨房を借りて鍋でそれを煮込み、薬草の薬効成分を煮出していく。


 木の匙で鍋をかき混ぜながら呪文を唱えて魔力を込めていって……そうしながら爽やかな香りのするハーブを忘れずに鍋の中に加えておく。


 薬草と言っても所詮はただの草。

 煮込んで濃縮させようものなら、それはもう物凄い臭いとなってしまうのだが……そうやって香りの良いハーブを適量混ぜてやると、一転して驚く程に良い香りを放つようになってくれるのだ。


 そうしたからと言って水薬の薬効が良くなるという訳でも無いのだが、それでもシンは水薬を作る際には必ずハーブを入れるようにと心がけていた。


 健康な時ならまだしも、体調の悪い時やひどい怪我をしている時にひどい臭いの液体を飲むというのはそう簡単なことでは無い事なのだと……アヴィアナの下で風邪を引いてしまった際の自らの経験によって、嫌という程に思い知っていたからだ。


 煮込みが終わったなら、煮出し汁を目の細かい布で濾してからガラス瓶に流し込み、柔らかい木材で作った蓋でもってガラス瓶にしっかりと封をする。


 封をしたガラス瓶は、昼間の間は冷暗所に寝かせておき、夜の間は月光の当たる、ベランダなどに置いておいて、魔力のこもった月光をたっぷりと吸わせて……水薬の薬効成分を落ち着かせていく。


 そうやって薬効を落ち着かせながら、定期的に魔力を与えてやることでその薬効を更に高めていって……そうして完成の時が近づいたなら、一回蓋を外し、ハチミツや柑橘類の果汁や果肉を加えて味を調える。


 草の煮出し汁ともなれば、当然のように味は苦く……それはもう酷い味となっているので、これもまたハーブの時と同様、シンにとっては欠かすことの出来ない作業だった。


 ハチミツを少しばかり多めにして花の香りと甘さを強くしてやると、とても美味しく、自分好みの味になってくれるのだ。


 味を整えて再度封をしたならそれで水薬は完成となり……完成した水薬を木箱にしまったシンは、次の水薬作りへと着手し始める。


 戦いはきっと激しいものとなるだろう。

 一本や二本では足りるとはとても思えない。


 もっともっと多くの、出来る限り多くの水薬が必要だと、シンは水薬作りに全力を、その全魔力を注いでいくのだった。



 

 そうやってシンが水薬を作りに精を出す中、ドルロはドルロでドルロなりに事に備えていた。

 

 新たに手に入れた二つのゴーレム核。


 それらによって新たな力を得たドルロは、その力を活かすために行きつけのあの焼物工房へと一人で足を運んでいた。


 そうして焼き物工房の老職人に協力して貰いながら、戦いに備えて己を、己の技を鍛えるドルロ。


 焼き物工房の老職人はどういう訳だかドルロにとても好意的で……そんな老職人の協力のおかげで、ドルロはその技をより完成度の高いものへと昇華させることに成功するのだった。




 そうして時が流れて、一週間後の早朝。


 バルトの大防壁の上に建てられた物見台より、北方に魔物達の姿ありとの報が入り……ついにやって来たかと、準備を整え待ち構えていた騎士達がバルトの北側へと集結し始める。


 大剣、大弓、大槍、大斧、大斧槍に大投げ槍、大鎌に分銅付きの大鎖、大盾に大槌、大鉄甲に大鞭。


 多種多様な武器をその両手で持ち、その全身を白鋼の防具で覆い、赤いマントを翻すその大集団は、大防壁の階段を整然と駆け上っていき、大防壁の頂部にある歩廊にてずらりと横一列に整列する。


 一体どれだけの人数が居るのか、大防壁北側の歩廊を埋め尽くさんばかりの騎士達は、そうやって静かに佇み、戦いが始まるその時を待ち続ける。


 そんな騎士達の前方……バルトから見て北方に位置する平原の向こうから、まずはなんとも不快な腐った泥のような臭いが漂って来て、その直後に何者かが平原を踏み鳴らす……深く重く唸る足音達が響き聞こえてくる。


 そうして姿を見せたのは、平原全体を完全に埋め尽くしてもまだ余る程の魔物達。


 その数だけでなく種類までもが豊富に過ぎて、それを見た騎士達は全く数える気にもならないと小さな笑い声を漏らし始める。


 全ての生なる者を憎み、自分達以外の存在全てが許せぬ魔物達は、そんな騎士達の姿を見るなり絶叫に近い雄叫びを上げ始めて、その雄叫びを受けて騎士達もまた鬨の声を上げ返す。


 そうしてバルト騎士団の勇者達は一斉に駆け出し飛び上がり、そうして大防壁から飛び降りて、魔物達の下へと凄まじい速度でもって駆けていくのだった。

 




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