第19話 シンとドルロの決断



 ―――北方開拓地が大発生した魔物の襲撃を受けて壊滅した。

    魔物達はそのまま南下し、バルトへと迫って来ている。



 そんな急報を受けての職人達の動きは迅速だった。


 直ぐ様に何人かが保存の効く黒パンを量産する為の準備をし始め、何人かが広いバルトのあちらこちらへと伝令に走る。

 

 更に何人かは物資などの買い出しに走り……そんな職人達を待ってましたとばかりに迎えた市場が賑わいを見せていく。


 既に耳の早い商人達には事の仔細が伝わっており……これから魔物との戦いが始まるとの事情を理解した上で商人達は市場を開き、商売に精を出していた。


 こういった緊急時においての異常過ぎる値上げは重罪だとしているバルトだったが……しかし多少の、良心的な範囲での値上げは許されていた。


 そうすることで商人達に物資を吐き出させて、商人達を儲けさせた上で、さらなる物資、物流をバルトに呼び込むという狙いがあるのだ。


 逃げたいものは逃げて良しと、バルトの各門は大きく開け放たれていたが、市民であれ商人であれバルトから逃げ出そうとする者は誰一人居なかった。


 門から出ていくのはこの商機を逃すまいと、仕入れの為に奔る者のみ。


 それ程にバルトの大防壁とバルト騎士団に寄らせられている信頼は厚いものだったのだ。



 

 そんな風に賑わい、まるで祭りかのような喧騒に包まれていくバルトの中でシンは頭を悩ませていた。


『シン君、当分パン屋はお休みです。

 お休みの間、寮の部屋は自由に使って良いですし、事が片付くまで他所の町に避難するのも良いでしょう。

 ただし北門の周辺には絶対に近づかないようにしてくださいね。

 ……僕達のことなら心配の必要はありません、バルト騎士団が魔物に負けるなどありえないことですから』


 と、ガラハにそう言われて向かったパン屋の二階、寮の自らの部屋のベッドの上で、ドルロと二人、向き合いながらシンはうんうんと唸りながら頭を悩ませていた。


 この事態の中で一体自分はどうすべきなのか、と。

 

 何もせずに部屋の中に引きこもっているのも一つの選択肢なのだろう。

 ガラハの言うように何処かに避難してしまうのも一つの選択肢なのだろう。


 しかしそれらの選択肢はシンの心情としてはどうしても選び難く、またアヴィアナの教えを守るのであれば選んではいけない選択肢だ。


 そうかと言って魔物との戦いにおいてシンに出来ることはほぼ無いに等しい。


 以前アーブスに言われた自分が子供であるということ、自分は未熟な子供でしかないのだということを、シンはこれまでの一ヶ月間で痛感していた。


 パン職人達と、騎士達と交流し、修練する日々の中で、騎士達の勇猛さ、騎士達の剛毅さ、騎士達の壮烈さを思い知った今……シンが戦いの場で役立てることは無いだろうと、シンと、その様子を傍から見ていたドルロでさえも確かなこととして実感していたのだ。


 ましてや今回の敵は、あのアーサー団長が『腕が立つ』と評した鎮護兵達を壊滅させた相手。

 

 そんな強敵との戦いの場にシンが赴いたなら、騎士達の足を引っ張るだけの存在となってしまうであろうことは疑いようが無いことだった。


 ならば一体自分は……未熟な魔法使いでしかないシンはどうしたら良いのだろうか?


 そんなことを考えて、シンが思い悩んでいると……ドルロが机の方へと駆けて行って、そうして机の引き出しを、その小さな腕と体でどうにかこうにか引っ張り出し始める。


「……ドルロ、急にどうしたの?」


 ベッドの上でポカンとしながらのシンのそんな言葉に、ドルロは引き出しの中に腕を突っ込み、そこから一枚の葉っぱを引っ張り出しながら、


「ミミー! ミミミミー!!」


 と、力強い声を返す。


 ドルロが引き出しの中から引っ張り出したその葉っぱは、以前シンがアヴィアナの森で採取した薬草を乾燥させたもので……ドルロはそれを懸命な様子で振り回しながら、


「ミミミミー! ミー!」


 と、もう一度力強い声を上げる。


『シンはシンに出来ることをしたら良い。

 この薬草を使って水薬ポーションを作って、それで騎士団達を助ければ良い』


 そんな想いが込められたドルロの声に、シンはハッとした顔になり……そしてベッドから飛び降りる。


 そうしてドルロの下へと駆け寄ったシンは、ドルロを薬草ごと持ち上げて、ぎゅうっと抱きしめる。


「……うん、そうだね、ドルロ。

 ボクはボクに出来ることをしたら良いんだよね。

 ……ありがとう、ボク、頑張ってみるよ!」


 ぎゅうぎゅうと強く抱きしめながらのシンの言葉に、ドルロは、


「ミー!」


 と更に力強い声を返す。


 そうして二人が抱き合いながら、その決意を固いものとしていると……誰かが突然、シンの部屋のドアを開け放って部屋の中にどかどかと入り込んでくる。


「おう! シン、居たか!

 お前達が避難するのに丁度良い町を見繕って来てやったぜ!」


 そうやってにっこりと、硬く笑いながらそんな声を上げたのは……長い白髪を揺らすアーブスだった。


 アーブスなりにシンのことを考えて、アーブスなりにシンのことを気遣ってそうしてくれたのだろう、その腕には旅具を詰め込んだ大きなバッグまでがあった……のだが、シンはそんなアーブスの気遣いにも言葉にも構うことなく、アーブスに向かって力強い声を上げる。


「アーブスさん! 薬草を出来る限り仕入れてください!

 それと薬研とガラス瓶たくさんと……はちみつとハーブと、ああ、そうだ、柑橘類も欲しいです!」


「お……おう?

 そりゃぁそのくらいのモンを仕入れる程度のことはなんでもないが……避難はしなくて良いのか?」


 突然のシンの強い言葉に、困惑しながらそう言うアーブスに、シンは真っ直ぐな目を返しながら更に声を上げる。


「避難はしません!

 ボクとドルロはここで僕達なりに頑張りたいと思います!

 なので道具と材料をお願いします!!

 お金は今日までの給金全部で支払いますから!」


「……おいおいおい。

 ハッ……全くよう、給金全部たぁ穏やかじゃねぇなぁ。

 こうしてゴーレム核を二つも見つけて来てやったのによ。

 こいつの代金はどうするんだ?」


 シンの力強い言葉を……シンの避難をしないという判断を嬉しく、誇らしく思い、ニヤリと笑ったアーブスはそう言って、バッグの中から二つのゴーレム核を引っ張り出してみせる。


 それを見たシンとドルロはたちまちに笑顔となって、その両手をめいっぱいに振り上げて、


「ゴーレム核が二つも! 凄いやアーブスさん!

 これがあればもっと皆の役に立てるかも!!」


「ミミミミミー!!」


 と、二人揃っての歓喜の大声を上げるのだった。



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