第18話 急報


 一日目の休日の大半を、ドルロの焼き物工房突入という予想外の形で過ごしたシンは、翌日の休日も街巡りと市場調査に費やすことにし……そうしてバルトのことを、お金のことをある程度学んだシンは、一つの……自分なりの結論に達していた。


 それはやはり今のままではいけないという、ただサラマンダーの世話をしているだけでなく、もっと他の何かをして働くべきだという結論だ。


 シンとドルロはいずれ旅に出る身。

 アヴィアナの謙虚であれ、傲慢になるなという言葉を抜きにしても、もっとお金を稼ぎ、旅の資金を貯めておく必要がある。


 バルトの物価などを見る限り、今の所持金では旅に出るなど夢のまた夢。


 ならばもっと懸命に、頑張って働きお金を得るべきだろうとそう考えたのだ。


 しかしそうすることでパン屋の皆に、騎士団の皆に迷惑をかけてしまっては元も子もない。


 そういう訳でシンはパン屋の皆の許可を得た上で、近所にあるいくつかのお店からサラマンダーの世話の片手間に出来る内職を紹介して貰い、パン屋での仕事をこなしながらそれらの内職をこなすことにしたのだった。


 写本に針仕事に糸紡ぎ。


 アヴィアナの下で得た知識と技術を総動員してのシンの内職はかなりの成果を上げることに成功していた。


 元来の真面目な性格と、器用な手先。

 元々シンは内職やそういった仕事にこそ向いていたのかも知れない。


 そうやってシンはパン屋で働きながら内職をし。魔法の練習も欠かさず、時には騎士団の修練に交じるなどし仕事に勉学に鍛錬に没頭することで時を忘れて日々を過ごし……そうしてふと気が付けば、一ヶ月の時が過ぎていた。



 尊敬出来る優れた才を持つ人々に囲まれての濃厚な日々は、まだまだ人生において学ぶべきことの多いシンにとってとても魅力的なものであり……シンが毎日の暮らしに夢中になってしまい、時が経つのを忘れてしまうのも仕方のないことだった。


 一ヶ月の間、真面目にパン屋の仕事と内職をこなしたおかげで蓄えは十分な量となっていて……シンは、そろそろ旅の支度を整えなければいけないという事に思い至っていた。


 この街を、この街で知り合った皆の側を離れるのはとても名残惜しいことだが……しかしいつまでもバルトに居続ける訳にもいかない。


 この一ヶ月間、アーブスに協力して貰いながらゴーレム核を探していたシンだったが……しかしゴーレム核そのものどころか、ゴーレム核の噂話すらも見つからず、そうしてシンはバルトにはゴーレム核は無いのだろうとの結論を出していたのだ。


 旅の目的であるゴーレム核がここにないのであれば、十分な蓄えが出来た今、バルトに居続ける理由はもう残っていなかった。



 そういう訳で今日という休日を迎えたシンは旅の支度を整えるべく、北門近くの商店を目指しドルロと二人、街道を歩いていた。


 シン達がバルトに入って来た南門とは真逆の方角にある北門は、北方開拓地に繋がる出入り口とあって、旅や行商などに必要となる品々を扱う数えきれない程の商店が軒を連ねているのだ。


「えぇっと……まずは鞄と、ランタンと、テントと着替え、それにナイフだとかの小物に……」


 ガラハを始めとしたパン屋の職人達に教わった旅に欠かせない品々の名前の書かれたメモに目を通しながら、一つ一つ読み上げていくシン。


「ミミー! ミミミー! ミ、ミミー!」


 そんなシンの足元を、ツヤツヤとした光沢を放つドルロが元気に駆け回っている。

 休日の度に焼き物屋に赴き、質の良い泥を食べ続けていたドルロは一ヶ月前の体とは全く違う、上質な高級品の焼き物と見紛う程の体を手に入れていたのだ。


 後ろ髪を引かれる思いを断ち切れず、いまい一つ表情が晴れないシンと、なんとも元気に艷やかな光を放つドルロがそんな風にして街道を歩いていると……北門の方からそんな二人の下へとざわついた空気が漂ってくる。


 その空気に、北門周辺の異変にまずドルロが気付き、メモに集中したままのシンへと声をかける。


「ミミミミ! ミミー!」


 そんなドルロの声を受けて、何だろう? と、シンがメモから視線を上げると……そこには想像もしていなかった凄まじい光景が広がっていた。


 大勢の……通常のバルトではまずありえない程の数の人々の姿があり……その誰もが満身創痍といって良い格好をしていて、ぐったりと街道に横たわるか座り込むかして、絶望の溜め息を吐くか、涙を流しながらの悲嘆の声を上げていたのだ。


 尋常では無いその様子に、シンは手にしていたメモを落としてしまいながら唖然とする。


 一体何があったのだろうか? 一体彼らは何処からやって来た人々なのだろうか?


 バルトではあまり見かけない質素な彼らの服装の様子を見るに、どうにも彼らはバルトの人々では無いらしい。

 

 北門から入って来た他所の人……であるならば、北方開拓地で何かがあったのだろうか?


 と、そんなことを考えながらシンが愕然としてしまっていると……そんなシンのことを見つけたらしい鎧姿の男、アーサーがシンの下へと駆け寄ってくる。


 いつ、どんな時でも大きな笑顔と大きな笑い声を欠かさないアーサーだったが、この時ばかりは真剣な……硬く厳しい表情を浮かべていた。


「……シン、丁度良い時に来てくれたなぁ。

 誰かに伝言役を頼もうとしていたところだったんだ。

 ……パン屋の連中にこの事態のことを伝えてくれねぇか?

 緊急時に備えろとそう言えば、後は連中の方で動くはずだ」


 厳しい表情のアーサーにそう言われて……シンは頷き、了承の意を示しながらも言葉を返す。


「あ、あの、一体何があったんですか?

 この人達は一体……?」


「……まぁ、あれだ。

 北の方で魔物の大発生があったらしい。

 オーガやら何やらが数えきれない程の数で襲って来たとかでなぁ……北には開拓地を守る砦があって、そこには腕の立つ鎮護兵の連中が居たんだが……どうも連中は全滅しちまったみたいだな。

 おかげで北方開拓地はほぼ壊滅、バルトと北方開拓地の中間にあった町の人々もこうして町を捨てて逃げるハメになったと、そういう訳だ。

 それでまぁ……大発生した魔物達は人々を追いかけて南下しているようでなぁ、そのうちここにもやって来るかもしれねぇな」


 重く響く、重い内容のアーサーの言葉を受けて、暗い気持ちに覆われてその気持ちに負けそうになっていたシンを見て、アーサーが「ガッハッハ!」といつもより少しだけ重い笑い声を上げる。


「おうおうおう、なんだなんだ、その顔は!

 バルトにはこの立派な大防壁と、大陸最強と名高いこのアーサー団長が居るんだ。

 魔物ごときがどれだけ群れようが、問題にもならねぇよ!!

 ……とはいえ、備えはしとかなきゃならねぇ、こういうのは時間が勝負だからな……伝言、よろしく頼むぜ」


 そう言って踵を返し、北から逃げた人々への対処を始めるアーサー。


 アーサーのその背中をじっと見つめたシンは、足元のドルロを抱えあげて……そうしてパン屋へと向かって来た道を駆け戻るのだった。

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