第11話 シンとアーブス


 肉いっぱいの……この酒場には肉しか無いのではと思う程の肉だらけの料理達をどうにか食べ終えて……シンがぐったりと椅子に身体を預けていると、そんなシンを見てなんとも満足そうな笑みを浮かべたアーブスが、向かいの席から大きな声を飛ばしてくる。


「おうおうおう! 肉のおかげでようやくまともな顔色になりやがったな!

 それで良い! それで良い! だっはっはっはっは!」


 そう言って笑い、満足するまで笑い続けたアーブスは……笑い声を飲み込み、真剣な顔を作り上げてからシンに話しかけてくる。


「あー……それで、だ。シンは仕事を探してるんだったな。

 よしよし、それじゃぁ魔法の腕の方を見せて貰おうか。

 アヴィアナの弟子ならそれなりの腕なんだろうが……とは言え俺は自分の目で確認しないことには納得できねぇ性格なんでな。

 ……そういう訳だからほれ、早速ここで何でも良いから魔法を一つ使ってみな」


 ここで……酒場の中で何か魔法を使ってみろ。

 アーブスにそう言われてシンは、固く緊張した面持ちになる。


 世界の中に漂う魔力を集め、集めた魔力を一つに練り上げ、練り上げた魔力の形を整え、そしてそれを放つ『魔法』は、時として周囲に想定外の破壊をもたらしてしまう事がある。


 アヴィアナの下でシンは、そうならないで済む技術を、魔力を完璧に支配し操る技術を習得してはいたのだが、それでもいざ屋内で……周囲に人と物が溢れている空間でやってみろと言われてしまっては、シンが緊張してしまうのも当然の事だった。


 またアヴィアナ以外の人の前で魔法を披露する事それ自体も、シンにとっては初めての事であり、緊張してしまう事であり……そうしてシンはその面持ちだけでなく、その身体と心さえも、緊張でガチガチに固めてしまう。


 そんな緊張のせいでシンが椅子から立つことすら出来ないでいると、テーブルの脇に腰掛けていたドルロが、シンの前まで歩いて来て両手を振り上げ振り回して、力強い声を上げ始める。


「ミーミーミー! ミミー!」


 その声には『自分はシンの努力を見ていたから分かる、シンなら大丈夫だ』と、そんな意味が込められているようで……そんなドルロの声を聞いて、懸命にシンを鼓舞するドルロの姿を見て……シンはどうにか緊張を振り払うことが出来て、緊張から解放される。


 そうして椅子から立ち上がったシンは、ドルロに「ありがとう!」と一言かけてから、椅子に立てかけておいた杖を両手でしっかりと握り、両足を大きく開いてどっしりとした体勢で立って瞑目し……アーブスに魔法を披露する為の魔力を周囲から集め始める。


 魔力を集め、魔力を練り上げ、整える形は燃え盛る炎。


 炎の熱は内側に留めて放出させず、周囲の一切を燃やさず燃え移らない、魔力だけを燃やす炎に……そんな形に整えていく。


 強い集中力を持って念じ、複雑な工程を一つ一つ丁寧に処理していって……アヴィアナのそれに比べるとかなり遠回りなやり方ではあるのだが、それでも失敗しないことを優先し、十分に気を使いながら魔力を取り扱っていく。


 そうして形を整え終えたシンはその目を見開き、両手で掴んだ杖を頭上に振り上げて……綺麗な形に整えた魔法を、シン達の頭上の開けた空間へと放ち……一切の失敗することなく見事に発動させる。


 直後シン達の頭上に真っ赤に燃え盛る魔力の炎が出現して……それを見た酒場の客達はそれぞれに、


「おおっ……」


「早いな……」


「だが魔力の量はいまいちだな……」


 なんて声を漏らす。


 そんな客達の手には杖なり、魔道具なりが握られていて構えられていて……どうやらそうやって客達は客達なりにシンの魔法が失敗した時の為の備えをしていたようだ。


 そしてそんな中でアーブスは、何もせず何も言わずただただ炎を睨み続けていて……そうして炎が消えるその時までしっかりと炎を、シンの魔法を睨み続けて……炎が消えたのをしっかりと確認してからシンへとその顔を向けて……そしてにっこりと微笑む。


「……中々良い腕じゃねぇか。

 アヴィアナのような一流ではないにしろ、二流の良い所には食い込みそうな腕前だ。

 この腕ならまぁ……そこそこの仕事は紹介出来そうだな」


 微笑みながらそう言ってくるアーブスに、シンは嬉しさのあまり飛び上がりそうになる……が、次に続くアーブスの言葉にその嬉しさは雲散してしまう。


「ま、この腕前ならパン屋が妥当な所だな。

 丁度良いパン屋が新人を欲しがっていたところだし、あそこを紹介してやろう」


 どうしてパン屋なのか、どうして良い腕前だと評価した魔法使いにパン屋なんかを紹介しようとするのか。


 もしかしたら魔物退治や冒険の仕事を紹介して貰えるのではないかとの淡い期待感を抱いていたシンは、そんなことを考えてがっくりと落胆してしまう。


 するとそんなシンを見てアーブスは、半目になりながらシンに言葉をかけてくる。


「おい、シン。

 お前ぇ今、自分はこれだけの魔法を使えるんだから魔物退治の仕事がしてぇとか、そんなことを考えただろう。

 ……確かにお前の魔法は一人前の威力で、一人前の仕上がりだ。アレをぶち当てりゃそこそこの魔物を倒すことが出来るだろう。

 だがな……お前はまだまだ子供なんだよ、シン。

 身体が小さくて、大人よりも歩みが遅くて、大人よりも体力がなくて、大人よりも体調を崩しやすくて、大人よりもたっぷりと眠る必要がある……お前はまだそんな子供でしかないんだ。

 そんな子供にだ、ちょっと魔法が使えるからって危ない、命を失うかもしれない壁の外の仕事なんかをこの俺が紹介する訳ねぇだろうが!」


 シンの考えていることを、シンの内心を見事に見透かして、そう言ったアーブスは、シンの肩をがっしりと掴んで、シンのことを酒場の窓際まで連れていく。

 

 そうして窓から見える街を囲う大防壁を指さして……そうしてからアーブスは言葉を続ける。


「シン。あの大防壁がどうして作られたか分かるか?

 お前のような子供達を危険な目から……魔物から守る為なんだよ。

 壁の内側で毎日笑って毎日元気に肉を食って、すくすくと育って大人になることが一番の、子供のお前が優先すべき一番の仕事なんだ。

 それ以外の仕事がしてぇって言うなら、壁の内側で安全な仕事だけをしろ。

 危険な壁の外の仕事は大人になってから……自分の命をかけても良いと、大人として判断出来るようになってからやれ。

 良いな? 分かったか?」


 怒りの一切含まれていない、シンを心配する気持ちがたっぷりと込められたアーブスの言葉に、シンはアヴィアナにお説教されてしまった時のことを思い出しながら、その言葉の意味をよく考えて噛み締めて……そうして静かに頷く。


 そんなシンを見てアーブスは満足そうに頷き、そして微笑みながら言葉をかけてくる。


「よぅし。わかりゃぁ良いんだ。

 ……なぁに安心しろ、パン屋を紹介すると言っても何もお前にパン生地をこねたり、パンを焼いたりさせようって訳じゃぁねぇんだ。

 パン屋で魔法使いらしい、魔法使いとしての仕事をして欲しくて俺はパン屋を紹介すると、そう言ったんだぜ」

 


 そんなアーブスの言葉にシンは、パン屋で魔法使いらしい仕事とは一体? と、その首を傾げてしまう。


 そしてそんなシンの様子を見てアーブスは、


「なぁに、実際にパン屋に行ってみりゃぁ分かることだ」


 と、そうとだけ言って、「だっはっはっは!」と先程のそれよりも大きな、とても大きな笑い声を上げ続けるのだった。


 


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