第9話 手配師


 鉄門を通り、分厚い城壁を抜けて……そうしてバルトへと足を踏み入れたシンとドルロは、足を踏み入れるなりいきなり襲いかかってきた音の渦の中に飲み込まれてしまう。


 人々が歩く音、人々が喋る音、人々が屋台で料理をする音、人々が鍛冶場で鍛冶仕事をする音。

 馬車が走る音に、馬が走る音、馬の鳴き声に、犬の鳴き声。

 赤ん坊の鳴き声に、値切りに失敗した商人の悲鳴に、値切りに成功した商人の歓喜の悲鳴。

 街を巡回する騎士達の鎧の音に、騎士達が不届き者を嗜める声に、街中のいたる所から聞こえてくる金貨、銀貨、銅貨がりぶつかり合う音に……。


 街が大防壁に覆われているせいなのだろうか。


 それらの音達は壁の内側に閉じ込められてしまっているかのように壁の中で反射し合い、共鳴し合い、そうすることで大きな音の渦のようなものを作り出してしまっていたのだ。


 今まで音の少ない森の中で暮らしていたシンとドルロは、そんな音の渦の迫力に圧倒されてしまい飲み込まれてしまい……何も言えず何も出来ず、ただただ呆然とその場に立ち尽くしてしまう。


 

 そうして少しの時が過ぎて……ようやくそれらの音に、バルトの空気に慣れてきたシンとドルロは、


「うわぁ……ボクが住んでた街とは全然違うよ!!

 人が、音が、声がいっぱいだ!!」


「ミー! ミミー!」


 と、そんな声を思わずといった様子で上げてしまう。


 そうやって声を上げたのが良かったのか何なのか、それでどうにか落ち着きを取り戻したシンとドルロは改めてバルトの中に視線を巡らせていく。


 まず二人の目に飛び込んでくるのが、二人が今まさに歩いて来た壁の外から続く大街道だ。


 壁の外から真っ直ぐに伸び、そのまま門をくぐり、そしてそのまま街の中、奥へと続いって行って……そしてその大街道を数えきれない程の人と馬車が行き交っている光景はまさに圧巻だ。


 そんな大街道の次に目に入るのが、大街道の両脇に行儀良く並ぶ色とりどりの家々だ。


 木壁、土壁、石壁、レンガ壁。

 

 そうした多種多様な家々は大街道を挟む形で何処までも続いていて……何処までいっても途切れる様子が見えない。


 そんな無数の人々と、無数の家々を見て、


「この世界にはこんなに多くの人が住んでいたんだ!」


 と、シンが思わずそんなことを叫んでしまう程に、バルトの中は活気で溢れていた。


「……ボクの街はあんなに狭かったのに、一日もあれば見飽きちゃうような街だったのに、バルトは全然違うよ。

 街のお店を全部見て回ろうと思ったら何日かかるのか……想像も出来ないや」


 バルトのあまりの活気にあてられてシンがそんなことを呟くと、


「ミー、ミミー、ミーミミ! ミーミミー!」


 そんなシンの声に応えるかのように、ドルロが両手を振り回しながら声を上げる。


 シンはそんなドルロが腕の中から落ちてしまわないようにしっかりと抱きかかえ直し……そうしてから声を返す。


「うん、そうだね。

 観光よりも何よりもまずは先生が言っていたアーブスっていう名前の手配師を探さないとだね。

 大きな酒場に行けば居るだろうって先生は言ってたけど……」


 手配師。

 仕事を求める者に相応しい仕事を、働き手を求める者に相応しい働き手を。

 働き手の能力を、その仕事に必要な働き手を見極め、紹介することを生業としている者達のことである。

 

 これから先、シンとドルロが生活をしていくにも、旅をしていくにも、ゴーレム核を探すにも資金は必要で、その資金を稼ぐ為には仕事を探す必要がある。


 いくらかのお小遣いをアヴィアナから貰っていたシンだったが……所詮はお小遣い、それだけで生活していくのは、旅をするのはなんとも心許ない額だ。


 そういう訳でまずはアヴィアナがバルトで一番腕が良く、一番信頼出来ると言っていたアーブスという名の手配師を探し、良い仕事を紹介して貰わねば……と、シンは街の中に視線を巡らせながら足を踏み出す。


 大街道の両脇に並ぶ家々が構える色とりどり、形さまざまな看板達を、一つ一つ丁寧に確認しながら街道の右へ左へと視線を巡らせながら、バルトの中をゆっくりと歩いていくシン。


 そうやってバルトの中央辺りまで歩いて行くと、そこから急に景色が変わり始めて、古い建物や造りの豪華な建物が増えていって……そうしてそれまでの家々とは全く比べ物にならない程の大きな建物がシンの視界へと飛び込んでくる。


 木製三階建ての横にも縦にも大きなその建物には、これまた建物の大きさに似つかわしい大きな看板がかけられていて……そしてその看板には『酒場ホガース』との文字が刻み込まれていた。


「……ここ、酒場みたいだね。

 そしてとっても大きいし……アーブスさん、居るかな?」


「ミー! ミー!」


 それを確かめる為にも入ってみようと、そんなことをドルロが言っているような気がして……そうして大きく頷いたシンは、豪華な装飾彫りのされた木のドアを開き、酒場の中へと足を踏み入れる。


 そこはシンが酒場と聞いて想像していたのとは全く違う、静かで落ち着いた空気が漂う……小奇麗な食堂とでも呼んだ方が相応しいような空間となっていた。


 上等な白木のテーブルと椅子が綺麗に並び、そこに座っている客達もその椅子とテーブルに相応しく、上等な衣服を身につけている。


 荒くれ者だとか酔っ払いだとかの姿も無く……そんな予想外の光景にシンが戸惑っていると、上等な仕立てのエプロンドレスを身にまとった給仕の女性がシンに気付き、近付いて来て……膝を屈めてシンと目線を合わせながら、なんとも優しく響く静かな声をかけてくる。


「いらっしゃいませ。

 お食事ですか? お泊りですか?」


「あ……えっと、いいえ、違います。

 その……アーブスさんという方を探しているのですけど……」


 全く予想もしていなかった展開に戸惑いながら、シンがどうにかそう言葉を返すと、女性は一瞬驚いたような顔をし……そうしてからニッコリと微笑み、


「まぁまぁ、お若いのにお目が高いお客さんですね。

 アーブスさんなら奥の席にいらっしゃいますよ」


 と、そう言ってから腕をゆっくりと振り、その仕草でアーブスが居るという奥の席の方を指し示す。


 それを見てシンは「ありがとうございます」と一言、女性に礼を言ってからその席の方へと足を向ける。


 するとそのやり取りを聞いていたのだろう、周囲の客達が好奇に満ちた視線をシンへと送ってくる。


 果たしてそれらの視線に一体どんな意味があるのだろうか。


 そんな客達の視線達を一身を浴びながらシンは奥へ奥へと進んでいって……そして奥の席に一人座る白髪の老人を見つけて、そこで足を止める。


 アヴィアナと同じくらいの歳だろうか。深く寄った皺に、口元に蓄えた白い髭、長い白髪を首後ろで縛ったという風貌のその老人は、シンが立ち止まるなりギロリをシンのことを睨みつけて、


「てめぇ、誰から俺の名前を聞いた」


 と、喉の奥に石を飲んでいるかのような声をシンに浴びせかけてくる。


 その視線と声をどうにかこうにか受け止めることが出来たシンは、怯えながらもしっかりと胸を張り……胸を張りながらもドルロのことをぎゅうっと抱きしめて、その老人、アーブスに震える声を返す。


「せ、先生に。

 アヴィアナ先生に聞きました。

 あなたが、アーブスさんがこの街で一番腕の良い、一番信頼出来る手配師だって……」


 そんなシンの言葉を受けてなのか、酒場に満ちていた会話や食事だとかの音が一斉に止み、アーブスが、酒場の客達が、そして先程の給仕の女性が……驚愕の表情をしながら凍りついてしまう。


 そしてしばしの間があってから凍りついていた客達は、


「い、今あいつなんて言った!?」


「じ、実在したのか!? アヴィアナ!?」


「はぁぁぁぁぁぁ!? マジかよ!?」


 なんて声をそれぞれ上げ始める。


 酒場がそんな騒がしい空気に染まっていく中、誰よりも一番強くシンの言葉に驚いていたアーブスは、その表情を変えないまま、何も言わないまま……どういう訳なのか、ぽろぽろと大粒の涙を流し始めてしまう。

 

 シンとドルロはそんなアーブスの様子に驚きながら、一体何が起きたのかと、一体どうしたら良いのかと激しく困惑してしまうのだった。

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