第8話 商業街バルト


 商業街バルトへと到着し、バルトの大防壁を見上げて……そしてバルトの入り口となる鉄門の辺りへと視線を下げたシンは、そこであることに気付いて「あれ?」と首を傾げる。


『商業街バルトには屈強勇猛誠実で名高い騎士達が居てね、街の入り口の鉄門ではそんな騎士達による厳しい検閲が行われているんだよ。

 検閲を受けないことにはたとえ王族貴族であっても街に立ち入ることが出来なくてね……その検閲があるおかげでバルトの治安の良さは国内随一だと言われているんだよ』


 と、そんな話をアヴィアナから聞かされていたというのに、鉄門の周囲をいくら見ても、いくら見回してみても、検閲が行われているような様子が全く見られなかったのだ。


 鉄門は大きく開け放たれていて、そこを多くの人々が馬車達が行き交い……数人の白鋼の鎧を着込んだ騎士達が見張りをしているものの、誰を呼び止める訳でもなく、馬車の荷を検める訳でもなく、ただただ見張りをしているだけ。


 厳しい検閲を受ける事になるのだろうと覚悟していたシンは、そんな門周辺の様子を見てなんとも拍子抜けした気分になってしまう。


(どうして検閲をしないんだろう、検閲をしなくてバルトの治安は大丈夫なんだろうか)


 と、そんなことを考えながら鉄門へと近付いていったシンは……このまま検閲を受けずにバルトの中に入るのがどうしても気持ち悪く思えてしまって、なんだか申し訳なく思えてしまって、おずおずとした態度で見張りをしていた騎士の一人へと声をかけてしまう


「……あのー……ボクは遠くから来た旅人なんですけど、検閲とかってしなくて良いんですか? このまま街に入ってしまって大丈夫なんですか?」


 シンにそんな声をかけられた騎士は、その目を大きく見開いて、樫の杖とドルロのことを不安そうにぎゅうっと抱きしめるシンのことを見つめて……ややあってからその口を大きく開いてガッハッハと大きな声で笑い、存分に笑ってからシンに声を返して来る。


「……いやいや、笑っちまって悪かったな。 遠くから来た旅人なら知らなくて当然だよな。

 厳しい検閲をしてたってのは昔の話だぜ、魔法使いさん。

 領主様が代替わりしてからは効率優先、目視で検閲を済ませるようになったんだ。

 ……お? 目視も何も、そもそも検閲なんてしてないだろって顔をしたな?

 ガッハッハ、無理もない無理もない。

 そういうことなら魔法使いさん、あの幌馬車の屋根をよーく見てみると良いぜ」


 大柄でワサワサとした口髭を蓄えた気の良いその騎士はそう言って、今まさに鉄門をくぐろうととしている一台の幌馬車をその指で指し示す。


 シンが騎士の言葉に、指に従って馬車の屋根へと視線を移すと、その屋根には遠目にも目立つ大きな木札がぶら下げられていて……その木札に風に揺れる麦の姿の焼印と、複雑な模様の焼印が押されているのが分かる。


「あの木札の焼印には、何処から来た、どんな荷物を持って来たって情報が記されているんだ。

 あの馬車に乗っているのは隣町のリュークから来た麦商人で、あの馬車には麦十袋が積んである……って具合にな。

 で、俺達は木札の情報を元に、馬車の形を見て、御者の顔を見て、馬の顔を見て、馬車の車輪の沈み具合、歪み具合を見て……それが本当かどうかを確かめているのさ。

 ちなみにだが、あの木札には偽造防止の仕掛けがしてあってな、俺達はそこらへんにもしっかりと目を光らせているんだぜ」


 と、自慢気に鼻息荒く語る騎士に、シンはなるほど……と頷いてから、ふと気になることがあってそのことを騎士に尋ねる。


「……偽造防止の仕掛けがあるってこと、そんなに簡単にバラしちゃって大丈夫なんですか?」


「おうよ。

 むしろこうやって偽造防止の仕掛けの話を広めることで、偽造なんて馬鹿な真似してもすぐにバレるぞって事を知らしめて面倒事を減らしているって訳よ。

 偽造した木札を下げているような馬鹿と、木札を持ってねぇやつは直接馬車に乗り込んで調べる訳だが……まぁそんな事は月に一、二度あるか無いかだな」


「……あのー、ボクはあの木札を持ってないんですけど……ボクのことは詳しく調べなくて大丈夫なんですか?」


「大きな荷物を持ってりゃぁ調べることもあるが……ま、魔法使いさんは目視で十分だな。

 お? 納得できないって顔してんな? よしよし、じゃぁどうして魔法使いさんが目視で十分なのか詳しく説明してやろう」


 そう言ってコホンとわざとらしい咳払いをした騎士は、シンのローブや杖を指で指し示しながら言葉を続ける。


「まずその白いローブ。魔法で編んだものだろう? そんな上等なローブを着込んでいる時点でもう合格なんだよ。

 それだけじゃなくていかにも魔法使いでございますって樫の杖までもって……その上、使い魔を抱きかかえてやがる。

 こうなったらもうアンタが魔法使いだってことは疑いようが無い。

 それ程の魔法使いになれるような教育を受けている時点で、下らねぇ犯罪に手を出すことも無いだろうし……何より検閲しなければならんような危険人物は、わざわざ騎士団長である俺に話しかけるなんて目立つような真似はしないだろうよ」


 そう言ってガッハッハと笑い、存分に、満足するまで笑った騎士団長は、その腕を大げさに振って門の中へ入るように促しながら、


「お若い魔法使いさん、ようこそバルトへ!

 商業街バルトは商人や商品だけでなく、優秀な文化人、知識人、魔法使いを迎い入れたことで発展して来た街だ!

 思う存分に楽しんでってくれや!」


 周囲に響き渡るそんな大きな声を上げる。


 色々と驚くやら何やらで、何を言って良いのか分からなくなってしまったシンは、


「あ、ありがとうございます!

 お仕事頑張ってください!」


 と、それだけを言って、騎士団長に促されるままに門の中へと足を踏み入れる。


 そんなシンの背後からはガッハッハとの騎士団長の笑い声がいつまでもどこまでも聞こえてきていて、その笑い声を耳にしながらシンは、


(この笑い声は当分忘れられないかも)


 と、そんなことを胸中で呟くのだった。

 


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